第9話 学校の有名人
新学期初日で、浮足立った雰囲気漂う廊下を歩く。
しかし、俺は完全に地に足が付いていなかった。
何故かというと……。
「新しいクラス楽しみだな」
「そうだね! やっぱりこのワクワク感は初日の醍醐味だよ~!」
俺の隣を歩く、明らかに雰囲気が違う二人。
金髪のとんでも美少女の方は犬坂波留。
グレー髪のちょっと悪そうなイケメンは久我秋斗。
二人とも、どうやら俺と同じクラスらしく、下駄箱からなんとなく流れで一緒に教室に行くことになった。
(初日からとんでもないな)
さっきまでこの二人を見て、絶対に関わることはないだろうなと思っていたのにこれだ。
さすがにフラグの回収が優秀すぎる。
「あ、犬坂さんおはよー!」
「久我! あとで俺のクラス来いよ!」
「波留~! 私のクラスおいでよ~!」
「違うクラスすっごい悲しいんだけど~!」
「秋斗! 今度蓬莱軒な!」
廊下を歩いているだけで声をかけられまくる二人。
これが都会の人気者……本当に眩しい。
「それにしても、旭はすごいな」
「え?」
いきなり下の名前。
でも全然嫌な感じがしない。
これぞ真のコミュ強……将来まで眩しい。
「初日から新入生四人に連絡先聞かれるとか、漫画でしか見たことないモテっぷりだろ。しかも四人とも結構可愛かったし」
「モテるとは違うと思うけど……上級生の知り合い欲しいって感じだったし」
俺が苦笑いを浮かべながら答えると、犬坂さんが俺に顔をグッと近づけた。
「旭くん!」
「は、はい」
顔近いな。
あと普通に下の名前。
「女の子が男の子の先輩に連絡先を聞くときは、大体お近づきになりたいって思うからなんだよ? 要するに、下心ありってこと」
「し、下心?」
「ま、旭くらいカッコよかったらいきなり行動に移しちまうのも納得だけどな」
「またまた」
二人とも、俺を持ち上げすぎだ。
二人ほど容姿に優れた、根っからの人気者ならまだしも、上京したての田舎者はさすがにない。
そうか。これが都会のお世辞ってやつか。
またしても「ようこそ都会へ」という余裕ある者特有のおもてなし精神が働いているんだろうか。
この二人はきっと余裕しかないだろうし、この持ち上げっぷりにも納得だな。
見た目だけじゃなくて性格もいいのか。
そりゃここまで人気になるわけだ。
一人納得していると、犬坂さんと久我さんは首を傾げて呟いた。
「謙遜か?」
「謙遜だね」
「謙遜じゃないです」
二人のテンポに合わせて返す。
すると犬坂さんと久我さんは顔を見合わせ、小さく笑った。
何だろう。また話が微妙に噛み合ってなかった気がする。
「そういえば、一年のとき旭のこと見た覚えないんだけど、もしかして転校生?」
「あぁ、うん。この春から」
「へぇ! どこから来たの?」
「東京から新幹線で二、三時間行ったところにある、同級生が二人しかいないド田舎なんだけど」
「二人⁉ それはほんとに田舎だね……東京に来た、東京以外の関東圏の人が言う田舎とはまるで違う、本当の田舎だ」
妙に生々しいな。
確かに、田舎ってかなり幅広いけど。
「……ん? 転校生と言えば、噂になってたよな? 今年二年に、転入試験満点の奴が転校して来るって……」
「あぁー! そういえば、春休み期間にかなり話題になった気が……」
犬坂さんと久我さんの視線がゆっくりと俺に向けられる。
「……え?」
「「え⁉」」
「もしかして、その転校生って旭くん⁉」
「いや、点数がどうだったとか見てないけど」
「絶対そうだろ! ……うん、なんかこのマイペースな感じも天才のソレに見えてきた」
なに天才のソレって。
困惑していると、犬坂さんと久我さんが俺をつま先から頭のてっぺんまでじっくりと見る。
そしてしみじみと、絞り出すように呟いた。
「この容姿でめちゃくちゃ勉強ができる秀才……そりゃいきなり逆ナンされるわな」
「しかもド田舎から転校してきたって、舞台まで世界が整えてるよね」
「神の寵愛を受けた男の子……まさに神の子だな」
「神の子じゃないだろ」
あまりにも過大評価過ぎる。
そこまで持ち上げられると、逆に怖さが勝った。
「俺は全然普通だよ。二人の方がよっぽど神の子に見える」
オーラが別格に違うというのは、後天的なものより先天的なものな気がする。
若干スピってしまうが、神様から授かったと考えても不思議じゃない。
俺はごく一般論を言ったつもりだったが、二人はまたしてもぽかんと口を開け、俺を見ながら呟いた。
「しかもそれが鼻につくどころか、本人が全くフラットな姿勢でいるのが逆にとんでもないよな」
「普通に腰低いし、さも普通ですみたいな顔でいるしね。見た目と言動がミスマッチすぎてすごく面白いかも」
「波留、全く持って同感だ」
俺を抜きにしてひそひそと話す二人。
なんだか仲がいいな、この二人は。
蚊帳の外感を感じていると、二人は俺を見てニコリと微笑んだ。
「なんか、旭とはこれから仲良くなれそうだ」
「私も! これからが楽しみだね」
「あ、ありがとう?」
知らず知らずのうちに気に入ってもらえたらしい。
しかし、本当に気づかないうちにって感じでまだ困惑が勝る。
依然として地に足はつかず、三人で廊下を歩く。
気づけばこれから一年間過ごすことになる教室に到着していた。
ゴクリと唾を飲み込む。
(お願いします神様。クラスメイトが犬坂さんや久我さんみたいな、田舎者に優しい人たちでありますように……)
祈りながら、教室に入ろうと一歩を踏み出す。
するとちょうど教室から出ようとする女子生徒がいて、足を止めた。
その拍子に目が合い、思わず声が漏れる。
「あ!」「……あ」
目が合うのはこれで三回目。
猫みたいに切れ長な目が俺をじっと見ている。
嘘だろ?
こんな偶然ってあるか?
同じマンションで、二回もエレベーターで遭遇したあの子が同じ学校、それも同じクラスだなんて……。
「君は……」
言いかけたその時。
「……げ」
苦いコーヒーでも飲んだかのように顔を歪める女の子。
「え、げ?」
呆気にとられる。
女の子はそのまま逃げるように俺の横をすり抜け、またしてもピューっと行ってしまった。
絶望感が体に重くのしかかる。
「ま、マジか……」
全部含めて、最悪な状況過ぎる。
俯き、顔を押さえて落ち込んでいると久我さんが興味深そうに口を開いた
「へぇ、あの猫谷さんとも知り合いなのか?」