第86話 ファミレス超会議
落ち着いた店内に声が響き渡る。
「あはははっ、実は俺もずっと思ってたんだよね。この二人、全然付き合わないなーってさ」
「私も同じこと考えてたなぁ。やっぱりあれ、こじらせてるよね」
「こじらせすぎだよな! よかった~! 考えてんの俺だけじゃなくて!」
賛同する山田、真田さん、上原。
猫谷さんは「あー」と声を漏らす。
「言われてみれば確かにそっか。どうして付き合わないんだろう」
「ほんっとにそう! そう! ほんとに!」
赤羽さんが食い気味に同意する。
俺は一人ふと、球技大会の日のことを思い出していた。
波留がしつこく男子生徒に言い寄られ、秋斗が間に入ったときのこと。
――アキくん、私のこと大切な幼馴染だと思ってるんだ?
――あぁ言った方が都合いいと思ってな? 実際、鬼は退治できたし、これからバンバン使おうと思う
――厄払いみたいに言わないでよ! もう……
あのとき、二人を見て確かに思ったのだ。
秋斗と波留には、二人にしかない雰囲気や空間があって。
そこには誰にも踏み込むことはできないのだと。
それはつまり、二人がお似合いであり、運命の相手ということ。
「そういえば前に……」
思い出したことをそのままみんなに話す。
「……ってことがあって、いつか秋斗と波留は必ず付き合うなって思ったんだけど」
「「「「なにその話……!!!!」」」」
目をキラキラと輝かせる。
猫谷さんも興味津々そうに「ふんふん」と頭を縦に振っていた。
「ナイスだよ桐生! そういうアプローチが二人には必要なんだよ!」
「まさか桐生が先手を打ってたとは……さすがだね」
「やっぱり、できる男の子は違うね」
「すっげーよ旭!!!」
こうも褒められると、さすがに嬉しい。
いいことをした自覚は全くなかったけど。
赤羽さんがコップを机にかたんと置く。
「ほら、やっぱり二人って昔から一緒にいる幼馴染じゃん? それこそ、一年の頃から仲良くて、距離感も今と変わんなくてさ。ずっと二人は付き合ってるんだって思われてたんだよね」
「二人とも目立つ容姿だからすぐに噂になったよね。付き合ってるってこともさ」
「そうだったのか」
確かに、今の有名っぷりを見る限り、一年生の初めから注目されていても何らおかしくない。
それに二人が一緒にいて、しかも親密ともなればよりだろう。
「でも、聞いたら違うって言ったんだよなー、あの二人」
「照れて隠してるだけだと思ったけど、二人ともそんな性格じゃないしね」
真田さんの言葉に、赤羽さんが頷く。
「ほんとに、一度も付き合ったことないんだもんね、久我と波留。家族みたいな感じでさ」
「家族……確かに、おかしくない」
猫谷さんがぽつりと呟く。
俺も同じ意見だ。
家族みたいに長い年月をかけて出来上がっていった関係が二人にはある。
俺も田舎にいたときは、幼馴染たちと家族みたいな関係だったし。
「でもさ、時が経つにつれてあたしもさすがに思ったんだよね。やっぱり、ただの幼馴染なんてありえないってさ」
「どうしてそう思ったんだ?」
「だって二人とも、全然恋人作らないじゃん? かなりモテてるし、告白もよくされてるのにさ」
「気になる人もいないって言うしね」
赤羽さんの言う通りだ。
あの二人なら、その気になれば恋人なんて他の人より簡単に作れてしまうと思う。
そして秋斗は球技大会の日、言っていた。
――一歩が踏み出せないほどに、頭をちらつくモンがあるんだよ
それがもし、波留のことだったら……。
「私が思うに、あの二人は両思いなんだけど、完全にこじらせてるからこんな状況になってると思うんだよね」
「幼馴染ってことを考えると……ありえなくない、か」
「秋斗と波留だし、全然ありえそうだね」
「そうなの」
赤羽さんが机に身を乗り出す。
「――だから、察した私たちが友達として行動するべきだと思うんだけど、どう?」
念を押すように、赤羽さんが続ける。
「せっかくの高二の夏休みだし、三年からは受験があるでしょ? だから、あの二人が付き合うなら今しかないんだよ!」
赤羽さんの声が店内に響く。
「俺は大賛成だな」
真っ先に反応した上原。
「ずっと前から気にはなってたし、それにほら。あの二人っていい奴だろ? いつも俺たちのことフォローしてくれてさ」
「確かにな」
あの二人がいい人なことは、疑う余地もない。
「財布忘れたときお金貸してくれたり、教科書忘れたときは快く貸してくれたり、筆箱忘れたときはシャーペンだけじゃなくてシャー芯まで恵んでくれて……」
「あんた忘れすぎでしょ」
「上原くん、借りすぎ」
「あはははっ」
「そこは今よくね⁉」
よくない。
周りの視線に「うぅ」と落ち込む上原だったが、「とにかく!」と声を上げる。
「俺はあの二人が好きなんだよ! だから幸せになってほしい! ってことで、俺にできることなら何でもするって話なの!!!」
上原の真っすぐで、真面目な思いに面を食らう。
いつもお茶らけているからか、嘘をつけないことを知っているからか。
上原の思いはいとも簡単に伝わってきた。
「な、なんで黙ってんの?」
困惑する上原。
「あのさ」
「な、なんだよ旭」
「上原って、いい奴だな」
「っ⁉ え、えぇ⁉ きゅ、急になんだよ!!!」
「あはははっ、動揺してるね」
「上原って子供みたい」
「それ悪口だろ!!!」
怒っている上原をよそに、自然と笑顔が生まれる。
不思議と、俺たちはいつの間にか一致団結していた。
これが上原の力なことは、よくわかっているけど。
「よし。みんなの賛同も得れたわけだし、あの二人をくっつける作戦を立てていきたいと思うんだけど」
「…………あ」
猫谷さんが小さく声を上げる。
「どうした?」
「え、えっと……」
窓の外を見る猫谷さん。
気まずそうな横顔に、俺も窓の外に視線をやる。
「……あ」
「あ」
「……あ」
「あ!」
「……え」
各々、思わず声が漏れる。
それも仕方がなかった。
だって――窓を挟んですぐそこに、秋斗と波留がいたから。
完全に目が合っている。
時が止まったように、誰も動けない。
(ま、マジか)
世の中、ありえないようなことがたまに起こる。
……それが今、目の前で起こってるんだけど。




