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無自覚ハイスペック男、ド田舎から都会の高校に転校したら大注目される  作者: 本町かまくら


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第85話 猫谷瑞穂のドキドキ


 猫谷さんと目が合う。


 心臓はドクドクと飛び出してしまいそうなくらい動いていて。

 頭が真っ白になる。


「っ……」


 瞬きをする猫谷さん。

 頬は赤く染まっていて、体が少し震えているのが腕から伝わってくる。


 柔らかそうな唇が、わずかに動く。

 閉じたり開いたりしては、その間からかすかに息が漏れ。

 やがてきゅっと閉めた。


「…………」


「…………」


 言葉を発してしまえば弾けてしまうような緊張感。

 少しでも動いたらダメな気がして、二人して固まる。


 しかし、猫谷さんの震えがほんの少し収まり。

 長いまつげが動いて、徐々に目が閉じて。


(こ、これは……)


 何も言葉を交わしてないし、何も明らかなものはこの場になかった。

 なのに、自然と思ってしまう。


 ゴクリと唾を飲み込む。

 依然として俺たちは見つめ合っていて、猫谷さんを抱きしめる力を少しだけ、ほんの少しだけ強めた。


 そのとき。



 ――プルルルルルル。



「「っ!!!」」


 ポケットに入っていたスマホが鳴り響き、目を見開く。

 

「ご、ごめん」


「う、うん」


 咄嗟に離れ、慌てて電話に出る。


「もしもし」


『旭~? まだ~? っていうか、まだ~?』


「い、今帰るから」


『よろしくぅ~』


 ブツっと電話が切れる。


「……………」


「……………」


 再び訪れる沈黙。 

 しかし、もうあのときの雰囲気はどこにもなくて。


「あ、暑くなってきたし……帰ろっか」


「そ、そうだな」


 結局ベンチに座らず、公園を出る。

 もうあのカップルはいなくなっていた。


(なんというベタな……)


 でも、モヤっとするのは猫谷さんの直前の行動があったから。

 どうしても胸につっかえて落ちない。


(意気地なしだったか……?)


 偶然過ぎる状況とはいえ、場は整っていたように思う。

 そこで踏み出せなかったのは、男としてダメだったんじゃないか?


 これは田舎者とか都会人とか関係ない。

 一人の男としての問題だ。


「…………」


 フラッシュバックする、すぐ目の前にあった猫谷さんの唇。


 初めてだ。

 初めて、そういうことを意識した。


 だからって、それを言い訳にしようだなんて思っていないけど……。

 なんて、グルグルと考えていたそのとき。



 ――きゅっ。



 猫谷さんが俺の手を握る。

 と言っても、俺の小指に人差し指を絡めただけだけど。


「……暑いね」


 夜風に吹かれながら、猫谷さんが呟く。


 人間の心とは、自分の想像が及ばないほどに不思議なもので。


「……そうだな」


 今度は俺から、猫谷さんの手をしっかり握る。

 

 わずかに口角を上げる猫谷さん。

 その横顔を見ていたら、知恵の輪みたいに絡まっていた思考が解けていた。


 結局、特に会話もせずに手を繋いで帰ったのだった。





     ♦ ♦ ♦





 ※猫谷瑞穂視点



「じゃ、また」


「うん……また」


 桐生くんが自分の家に入り、ガタンと扉が閉まる。


 それを見届けてから、私も扉を開けた。

 ゆっくりと扉を閉め、もたれかかる。


「っ……!」


 顔が熱い。

 いや、熱いところは顔だけじゃない。


 それでも両手で顔を押さえ、俯く。


 桐生くんと帰っているとき、何度も頭に思い浮かんだのは公園で見たカップルの生々しい光景で。


 特にそのあと、桐生くんと距離が近づいたときなんて……。


(すっごく、ドキドキした……)


 これまで手を繋ぐことやハグをすることに満足していて、全く考えていなかった。


 でも、そうだ。

 私と桐生くんは付き合っていて、世の中の恋人はそういう……こと、をするんだよね。


(もしあのとき、桐生くんと……)


 違う未来のことを想像して、さらに体が熱くなる。

 想像してしまっている自分にも恥ずかしくなって、心臓がバクバク鳴った。


「…………はぁ」


「そのため息に、たくさんの恋心が含まれているのよねぇ~」


「……え、お母さん⁉」


 いつの間にか目の前にいたお母さん。

 しかもニマニマと笑顔を浮かべていて、急に我に返る。


「まぁまぁ、青春してていいわね~!」


「お、お母さんっ!」


 ほんと、娘をからかうのはやめてほしい。

 私なんてまだ、全然免疫がないのに。


 お母さんから逃げて、自分の部屋に入る。

 入ってこれないように扉を閉めて、再び寄りかかった。


 ドキドキしたとか体が熱いとか、恥ずかしいとか色んな感情があるけど。

 でも、一番に思っているのは……。



「夏休みも、もっと桐生くんに会いたいな」



 ――そんな、夏休みの始まりだった。





     ♦ ♦ ♦





 冷房が効いた店内。


 昼下がりということもあって、辺りは比較的落ち着いており。

 六人分のコップがそれぞれの前に置かれているが、誰一人として一口も飲んでいなかった。


 それはまだ、この会が始まっていないのをみんな察していたから。


「あのさ」


「どうしたの、桐生くん」


「えっと……なんで秋斗と波留がいないんだ?」

 

 山田、上原、赤羽さん、真田さん、猫谷さん、俺。

 このメンバーがファミレスに集まっていたら、そりゃ二人がいる方が自然だ。


 なのに、ここにはいない。

 まだ来ていないのではなく、呼ばれていないのだ。


「よくぞ聞いてくれた。じゃあ単刀直入に、話を始めよう」


 赤羽さんが神妙な面持ちでテーブルに肘をつく。

 

 ちなみに招集をかけたのは赤羽さんであり、このファミレスは赤羽さんのバイト先。

 つまり、赤羽さん主体の会というわけだ。


 赤羽さんの言葉をじっと待つ。

 沈黙が流れた後、遂に口を開いた。



「夏が始まったわけだけど……秋斗と波留、両思いなのにこじらせすぎてない?」



「「「「「ッ!!!!!!」」」」」


 赤羽さんに視線を向ける上原。


「た、確かにぃ!!!!」


 確かに、入りました。

 

 

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