第83話 膨れ上がるきたい
昇降口を出る。
すっかり辺りは夕陽に染まっていて、日中に比べると暑さも少し和らいだように感じた。
「終わった~!」
「久しぶりに集中して勉強した気がする」
「家じゃ全然集中できないもんね~」
腕をぐーっと伸ばす波留。
みんなの顔は晴れ晴れとしていて、どこか達成感を感じているようだった。
そりゃそうだ。
二時間ほど、全員で集中して勉強したのだから。
(初めての経験だったけど、楽しかったな)
もちろん疲れたけど。
「桐生くん、ありがとう。私たちに色々教えてくれて」
真田さんが俺の隣にやってきて言う。
「マジで助かったわ! 旭会最高!」
「あはははっ、そうだね」
「旭会がずっとピンと来てないんだけど」
でもまぁ、みんながよかったなら安心だ。
八人で校門を抜け、帰り道を歩く。
普段、閉校時間ギリギリまで学校にいることがないし、そもそも八人で帰ったことがないから新鮮な気分だ。
「テストめんどくさいなぁ」
「でも、これ終わったら夏休みだよね」
猫谷さんが俺を見ながら言う。
「夏休み前、最後の壁だからな」
「赤点取ったら夏休みに補習あるんだろ? 気をつけろよ、上原」
「なんで個人指名⁉」
ショックを受けた様子の上原がうなだれる。
「ってかもっとこう……楽しいこと考えようぜ!」
「例えば?」
「夏休みのこととかさ! なんか予定あんの~?」
上原に視線を送られ、「うーん」と考える山田。
「まぁ、部活かな」
「私も」
「俺はバイト」
「あたしも~」
「なんか華がないッ!!!」
「「「「失礼な!!!」」」」
総ツッコみを食らう上原。
何なら赤羽さんには足を蹴られており、ちょっと上原が可哀そうに見えてくる。
「でも、どうせならどっか行きたいよね~」
「旅行とかな」
「あとは……グランピングとか?」
「「「「グランピング……!!!」」」」
会話のボルテージが上がっていく。
「そういや、前に姉貴が大学の友達とグランピング行ったって言ってたな。かなり楽しそうだったぞ」
「マジか! まずカタカナの響きがいいしな!」
「そこじゃないでしょっ」
「ローキック攻めやめて!!!」
上原が叫ぶ通り、結構いいのがさっきから入っている気がする。
「でも高校生だけで行けるものなの?」
「電車とかバス使えばいけるんじゃない?」
「高校生だけで泊まるのが難しいかもな」
「確かにねぇ……」
「いい案だと思ったんだけどな……」
「――あのさ」
真田さんが手を挙げる。
「私の叔父さん、グランピング施設経営してます」
「「「「「お、叔父さん……!!!!!」」」」」
真田さんの周りに、まるで優勝が決まったみたいな勢いで集まる。
「いける、いけるぞぉおおおおお!!」
「持つべきはグランピング経営者だぁああああ!」
スポットすぎるだろ。
……というのはさておき。
ずっと前から、引っ掛かっていた。
「――なぁ、みんな」
みんなの視線が俺に集まる。
「グラウンドピンクって、なんだ?」
「「「「「「「…………ぐらうんどぴんく???????」」」」」」」
首を傾げるみんな。
お互いに顔を見合わせると、全員一斉に言い放った。
「「「「「「「ピンク色の地面⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」」」」」」」
「……え?」
はじかれたように笑い始め、腹を抱える俺以外のみんな。
上原に至っては地面を転げまわっていた。
「くっ……旭、お前センスありすぎ……」
「え、え?」
「その顔やめて! お腹痛い!」
「???」
誰も何も説明してくれず、ただただ困惑するだけの俺。
えっと……俺、なんかやっちゃいました?(A.やっちゃってます)
その後、みんなと別れ。
猫谷さんと二人で並んで帰る。
さっきまで八人でいたからか、二人きりなことが久しぶりのように感じた。
猫谷さんが不意に、ちらりと後ろを見る。
すでにみんなはいなくなっていて、それがわかった直後。
――ぎゅっ。
右手に感じる、柔らかな感触。
猫谷さんが何も言わずに俺の手を握っていた。
その後も、特別何か言う訳でもなく。
「どうした?」
先に俺が訊ねる。
「…………そういう気分だから」
そうとだけ言って、さらに猫谷さんが距離を縮めてくる。
肩が時折触れ合うような距離感で、手を繋いで歩いていく。
さすがの俺でも、猫谷さんが甘えてきているのはわかって。
ふと、食堂でじっと見られ、「べつに」連打をくらったことを思い出す。
(今日の猫谷さんは、ちょっと様子が変だ)
その理由がわからないというのが、これでもかというくらいもどかしい。
いっそのこと、ちゃんと聞いてしまおうか。
なんて思ったのだが……。
「……ふふっ」
笑みをこぼす猫谷さん。
その横顔はやけに上機嫌で、言葉が喉元から腹の方へと戻っていく。
俺が確かにわかることは、今の猫谷さんが幸せそうにしてくれているということで。
「夏休み、楽しみだな」
「うん、みんなでグランピング行けるみたいだし」
「そうだな、グランピング」
ちなみに、グランピングがどういうものなのかは笑いながら教えてもらった。
流行ってることも知らなかった辺り、ほんとにそういうのに疎いんだなと痛感させられた。
仕方ない。まだ都会レベル1のビギナーだし。
「八人で勉強するのも、こうやって帰るのも初めてで……とっても楽しい。だからきっと、グランピングも楽しいんだろうなって思う」
猫谷さんが微笑みながら続ける。
「今までの夏休みは一人でいることが多かったし、ずっと同じ感じだったけど……今年はきっと違う。みんながいるし、それに――桐生くんがいるから」
「猫谷さん……」
ふふっと笑みをこぼし、俺の手をぎゅっと握る。
「いっぱい遊んで楽しもうね、夏休み」
「あぁ、そうだな」
思わず頬を緩ませると、俺も軽く握り返すのだった。




