第82話 季節は変わっている
四人机を二つくっつけて、各々勉強する。
「うわっ、なんだこの問題」
「英語の試験範囲出るの遅かったよね!」
「くっ……とりあえずこの分野は捨てるか」
「捨てる判断早すぎない?」
「提出する問題集の範囲、これで合ってるよね?」
「たぶんそうじゃね?」
わらわらと、八人の大所帯。
しかも、この会はいつの間にか俺が勉強を教える会、通称“旭会”になっているらしく。
「桐生! ちょっとこの問題教えてくんない?」
赤羽さんに呼ばれ、教科書を見る。
こうして頼られるのは全く嫌じゃないし、みんなの力になれるならむしろ嬉しい限りだし。
「あ~、この問題は……」
「旭! 俺にも教えてくれよ~!」
「ちょっと上原! 今あたしの番だからアンタは後にして」
「ずりぃよそれは~! 旭独占禁止法~!」
なんか俺、法律になってるんだけど。
「ちょっと待ってくれ、上原。あとで教えられたら教えるからさ」
「桐生大人……! 上原も見習えば?」
「俺も大人だ!」
(((まぁまぁガキだろ……)))
上原を苦笑いで見る秋斗たちの視線。
「お、大人だかんな!」
「はいはい、そーですね」
「陽太、帰りに好きなお菓子一つ買ってやるから大人しくしろー」
「え、マジ! ラッキー!」
(((((引っ掛からないんかい)))))
たぶん、全員が同じことを思ったと思う。
「な、なぁ見ろよあのメンツ」
「久我に犬坂、山田に桐生までいるじゃん!」
「猫谷さんもいるぞ」
「猫谷さんってあのグループに入ってたんだ」
「ってか、メンツ強すぎね?」
「涼川高校の総戦力だろ」
「一校は滅ぼせそうな戦力だな」
八人という大所帯に、 同じく食堂にやってきた生徒たちは驚いたように見ていた。
(確かに、食堂じゃ異質か)
その後、赤羽さんと上原に質問されたところを答え、ようやく自分の席に戻ってくる。
猫谷さんはときおり隣に座る波留や山田、真田さんたちと話しながらも、勉強に集中している様子だった。
猫谷さんってスロースターターなだけで、一度集中すればかなり深い。
それは猫谷さんと待ち合わせしているとき、ゲームに集中して俺に気が付かないことからもよくわかる。
「…………」
しかし、俺が座ってから少し経って、俺の方をちらりと見てきた。
初めは特に気にしなかったが、何故かじーっと見られ続け……。
「ど、どうした?」
「べつに?」
べつになら、今もなお凝視されるわけがない。
相変わらずクールな表情の猫谷さんが、黙って俺を見つめている。
「ね、猫谷さん?」
「べつに」
絶対にべつにではないだろ。
ダメだ、全然わからない。
今、猫谷さんは何を考えてるんだ?
俺の引き出しにこのパターンの猫谷さんは入ってないぞ。
「えっと……」
「べつに」
もはやべつにと言う機械と化している。
「べつ、に」
さらに念を押してくる。
よくわからない猫谷さんの行動と、謎の圧で怖くなってくる。
何か俺は間違えてしまったんだろうか。
ダメだ。これは田舎でも、都会に来てからも習ってない。
ど、どうすればいいんだ……!
((((((猫谷さん、嫉妬してる……可愛いな))))))
混乱するあまり、周りからの視線に気が付かず、ただただあたふたする。
秋斗はそんな俺を見て、ふっと笑った。
「ほんと、旭って鈍いな」
「え?」
わからないにわからないを重ねるのはやめてくれ。
田舎者なんで。
……まぁ、全く理由になってないけど。
トイレを出て、食堂へと続く廊下を歩く。
結局あの後、猫谷さんは俺から視線をそらして勉強に戻った。
が、あの行動の意味は分からずじまいで……。
「たぶん、わかってないの俺だけだよな」
秋斗たちを見る感じ、みんな察しているようだったし。
自分の察しの悪さ、鈍さが恨めしい。
「……はぁ、難しいな」
ため息がこぼれ、校舎に消えていく。
窓の外から差し込んでくるオレンジ色の日差しが、白い壁に滲む。
静かで綺麗な校舎。
迷路のように入り組んでいて、広くて。
こうして一人で、改めて見てみるとやっぱり都会の学校はすごいなと思う。
俺が通っていた田舎の高校はボロボロで、山の中にある学校って雰囲気だったし。
それでもやっぱり学校だから、長い年月をかけて刻まれた、人がいた痕跡が随所に見られ、ほっと安心する。
(最近はもう迷わなくなったし、少しは都会にも慣れてきたのかな)
上京してから本当に色々あった。
そのおかげか、都会の謎のプレッシャーもそこまで感じていない。
遠くから、かすかに虫の声が聞こえる。
開かれた窓からはもわんと気だるい夏の風が吹いてきて、季節が移ろったことを否が応でも感じた。
「もう夏、か」
都会に来たばかりの頃はまだ春で、ほんのり寒かったのに。
あっという間に、時は流れるものだ。
こうして、都会と田舎では変わらないものを見つけると、ずっと暮らしてきた田舎が恋しくなる。
それでも、都会での生活に慣れないながらも楽しいなと思っていて。
「あっ」
気づけば食堂に到着していて、猫谷さんたちの勉強している姿が見える。
大きな机に、乱雑に教科書と文房具を広げ、みんなで数式や文章と向き合う。
あの中に、俺もいたのか。
「あ、旭! やっと帰ってきた。早く教えてくれ!」
「俺もわかんないところあるから、教えてくれない?」
「頼むよ旭~!」
「旭くん助けて~!」
みんなが俺の方を見る。
早く来いよと手招いて。
心に熱が帯びる。
じんわりと、体の芯から温まる熱が。
「あぁ、今行く」
きっと、今の俺は少しだけ頬が緩んでいたと思う。
それも仕方がないと、強く思うけど。




