第80話 猫谷さんって変わったよな
ホームルームが終わり。
放課後になると、教室は一気に騒がしくなった。
「テストかぁ、やだなぁ……」
気だるげに呟く波留。
実はちょうどさっき、先生から期末テストの話があったのだ。
そのためみんなの頭にはテストのことがあって、周りからも「テスト」という言葉が聞こえてくる。
「でもま、これを乗り越えれば晴れて夏休みだからな。やるしかない」
「アキくん、珍しく前向きだね」
「珍しくってなんだよ。俺はいつも前向きだっつーの」
「いてっ」
秋斗に頭を小突かれる波留。
頬を膨らまし、「むー」と不満げに秋斗を睨む。
「文句言ってても仕方ねぇし、勉強するぞ」
「わかってるよ~」
教科書を鞄に詰め込んでいく。
帰り支度を済ませると、秋斗が鞄を机に置いた。
「で、だ。旭、この後の予定は?」
「特にないけど」
「「……よしっ!」」
相変わらず息ぴったりだな、この二人。
何が「よし」なのかわからないけど。
「ならさ、今から私たちと勉強会しない? というか、本心を言えば学年一位の旭先生に教えを乞いたいっていう、迷える子羊のお願いなのですが……」
「旭先生、よろしくお願いします」
「先生って言うのやめろ」
誰かに物を教える立場にないんだから。
最近、母さんに世間知らずなことを耳タコなくらい言われてるし。
「ま、俺もちょうど勉強しようと思ってたし。ありがたく参加させてもらうよ」
「「…………よしっ!!!」」
ほんとに仲いいな、この二人。
「じゃ、三人で勉強するか」
「夏休み前、最後の追い込みだね!」
「場所はどうするんだ?」
「図書室でいいんじゃね?」
「賛成~!」
わらわらと話しながら、ふと思う。
「あのさ」
「どうした?」
「猫谷さんも誘ってもいいか?」
この三人で勉強するとなって、なぜか自然に隣に猫谷さんがいる想像をしていた。
いないと変な感じがした。
「ほんと、旭って猫谷さん大好きだな」
「あぁ、好きだ」
「……ほんと、旭くんってすごいね」
「それな」
「え?」
今の流れで、どうやったら俺がすごいって話になるんだ?
またしても俺だけがわからない発言に首を傾げる。
その間に秋斗と波留は鞄を肩にかけ、出る準備を済ませていた。
俺も教科書を詰め込み、三人で猫谷さんの席に向かう。
「猫谷さん、この後って予定ある?」
「お菓子食べて寝ようかと思ってた」
「テスト勉強は一体どこへ……」
もうテストまで一週間もない。
それは猫谷さんもわかっているようで、誤魔化すように視線を逸らす。
「今から秋斗と波留と俺の三人で勉強会しようと思ってるんだけど、猫谷さんもどう?」
「勉強会?」
「旭に色々教えてもらおうと思ってな」
「みんなで勉強すれば、赤信号も怖くないってわけ!」
「……何言ってんだ、お前」
「あ、アキくん!」
うぅ、と涙目な波留に肩をぽかぽか叩かれている秋斗は一度置いておいて。
「猫谷さんも、一緒に勉強しないか?」
「…………の?」
「え?」
「……い、いいの⁉」
うずうずした様子の猫谷さん。
どうやら嬉しいらしい。
「もちろんだ」
「私、みんなで勉強するのとか憧れてたから。すごく嬉しい。海外のリゾート地に行くのと同じ気分かも」
「それと同等に扱うのは、ちょっとおかしいかもな」
「みんなで勉強……ふふっ、私にも教えてくれる?」
「教えられることが俺にあったら」
「期待してる」
「あははは……ほどほどでお願いします」
猫谷さんからの期待に苦笑いで答えながらも、秋斗と波留の方を振り向く。
「じゃあ二人とも、そろそろ……」
言いかけてやめる。
なぜか二人が、少し驚いたように俺たちを見ていたから。
「どうした?」
「いや、なんでもない。行くか」
「うん、行こっか!」
楽しそうに教室を出て行く二人。
俺と猫谷さんも二人の後を追って教室を出発した。
図書室に向かう道中。
廊下はもわんと熱気がこもっていて、教室の前を通るたびに冷気が心地いい。
7月も中盤で、夏休みが近いことを実感させられた。
「やっぱり、猫谷さんって変わったよな」
秋斗が唐突に切り出す。
「変わった?」
「一年の頃から瑞穂ちゃんのこと知ってる私とアキくんからすれば、すごく変わったと思うよ? もちろん、いい意味でね」
「そ、そうなんだ」
猫谷さんにはあまり自覚がないみたいだが、それは俺でも思う。
まだ出会って半年も経っていないが、猫谷さんの周囲を取り巻く状況も大きく変わったような気もするし。
「それもこれも全部、田舎者を自称する旭が変えたって思うと、今こうして恋人関係なのも納得っていうかさ?」
「自称って」
ほんとに田舎者なんだけど。
「瑞穂ちゃん、よく笑うようになったし、表情もすごく豊かだし。前の瑞穂ちゃんも素敵だけど、今の瑞穂ちゃんもとっても素敵だと思う」
「っ! あ、ありがとう」
照れる猫谷さん。
「……あんまり自覚してなかったけど、確かに桐生くんのおかげで変わったのかも。よく笑うようになったのとか、色々……」
慎重に言葉を選んでいるみたい猫谷さんが話す。
「……でも、ね」
顔を上げると、ほんのりと頬を赤く染めて、穏やかに言った。
「みんなとこうして話したり、遊んだりできることも楽しくて、嬉しい」
「「「ッ!!!」」」
同時に俺たちの胸を射抜かれる。
「……可愛いな」
「アキくん⁉」
心の底から出てきた秋斗の呟き。
俺も同じことを思っていた。
それに、自分にも周りにも嘘をつかない猫谷さんの姿勢が今の言葉によく表れていて。
猫谷さんという女の子の真っすぐさと可愛らしさが勢いよく飛び込んできたのだ。
(ほんと、猫谷さんは……)
思わず頬が緩む。
「そりゃ、猫谷さんは可愛いだろ。うん、ほんとに可愛い」
「桐生くん⁉」
なんだか誇らしい。
この人が俺の恋人だなんて。
「自慢の彼女なんだ」
「桐生くん⁉⁉⁉」
もっと自慢したかったが、猫谷さんの顔が真っ赤になって今にも爆発してしまいそうだったので、やめておいた。
もちろん、心の中ではずっと呟いていたけど。




