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無自覚ハイスペック男、ド田舎から都会の高校に転校したら大注目される  作者: 本町かまくら


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第78話 きみの名前


「あら、このワインとっても美味しいわね~!」


「社長からなんかのお祝いでもらったんだけど、こんなの一人で飲まないでしょ? だから真由子さんがいてくれてよかった~」


「ふふっ、私ならいつでも付き合うわよ~。明美さん、とっても面白いし~」


 ダイニングテーブルでワイングラスを傾け、楽しそうに笑っている母親ズ。

 顔はほんのりと赤くなっていて、アルコールが入っているときのふわっとした雰囲気が漂っていた。


「な、なんだあれは……」


「意気投合するの、早すぎじゃない?」


「早すぎるな。もはや怖い」

 

 俺と猫谷さんは皿を洗いながら、そんな二人を眺める。

 

 サクッと夜ご飯を食べた後、やけにテンションの高い母さんが、やけに高そうなワインを引っ張り出してきて。

 やけにテンションが高い猫谷さんのお母さんは大喜びで飲み始め、現在に至る。


(自由人過ぎるな……二人とも)


 俺の母さんは言うまでもないが、さすが猫谷さんの母親と言ったところか。

 全く行動が読めないうえに、自由すぎる。


「チーズ無くなっちゃった。……あ、いいこと思いついた」


 ニヤリと笑う母さんが俺の方を見る。


「旭、下のコンビニでチーズ買ってきてくれない?」


「なんでだよ」


「ついでに生ハムとジャーキーも」


「俺の質問は無視か……」


「これで今回の件は帳消しにしてあげるからさ~。ささ、行ってこ~い」


 こうなると、母さんは意地でも引かない。

 大人しく諦めるのが結果的に賢いだろう。


「瑞穂も、旭くんと一緒に行ってきなさい~」


「わかった」


 水を止め、タオルで手を拭く。


「じゃあ行こうか」


「うん」


「よろしく~」


 母さんに手をひらひらと振られながら、リビングを出る。


((作戦成功……ふふっ♡))


 変な視線を母親ズから感じたが……気のせいだと思っておこう。

 

 あの二人はほんと、何考えてるかわからないし。










 エントランスを出る。


 軽い夜風がさっと吹いた。


「ちょっと涼しいな」


「日中はあんなに暑かったのにね」


 まだほんのりと春の名残を感じる。

 しかし、もう七月に入っていて、完全な夏で。


 都会に来てから、もうすでに季節は変わったのだと驚く。


 猫谷さんと並んで、コンビニへ向かう。

 近くを一台の車が横切った。


「ごめんね、こんなに居座っちゃって。お母さん、変に上機嫌でさ」


「こちらこそだよ。あのテンションの母さんは、相当面倒だから」


「ふふっ、面白い人だよね、明美さん。ちょっと桐生くんに似てるかも」


「そうか?」


「うん、そうだよ」


 むしろ、俺的には全然似てないと思っていた。

 だって俺、母さんみたいにフランクじゃないし。


 少しは慣れたけど、未だに都会にビクビク怯える田舎者だ。


「それで言ったら、瑞穂さんだって……」


「あっ」


「……あ」


 しまった。

 さっきまで下の名前で呼んでたから、その流れで下の名前で言ってしまった。


「悪い、ついそのまま……」


「え、悪い? 私、全然嫌じゃないよ」


「え? あ、そっか」


 何故かダメなように思ってたけど、別にいいのか。

 というかむしろ、下の名前で呼ぶ方が自然だ。


 ふと、今日スーパーで見たカップルを思い出す。


 そういえばあのとき、俺は思ったんだ。

 付き合ってるなら下の名前で呼び合うことが普通なんじゃないかって。


 足を止める。

 猫谷さんも俺に合わせて立ち止まった。


「あのさ、猫谷さん。俺たち今まで、出会った時からそのままの苗字で呼び合ってるけどさ、下の名前で呼んだ方が……」


 ――カップルとして普通なのかな。


 そう言いかけてやめた。

 それはなんだか違う気がする。


 普通だから、周りがそうしてるから俺たちも、っていう考えは間違ってる。

 こういうのはきっと――





「いや、下の名前で呼んだ方が、猫谷さんは嬉しいか?」





「っ!」


 猫谷さんが驚いたように目を見開く。

 何かをこらえるように、スカートの裾をきゅっと掴んだ。




「……うん、嬉しい」




 通り過ぎていく車のライトが、猫谷さんの顔を照らす。


「じゃ、じゃあ」


 人気の少ない道の真ん中で、妙にかしこまって向かい合う。


「さんづけもなんか変な気がするし、呼び捨ててでもいいか?」


「りょ、了解です」


 なんで敬語?

 というツッコみも出てこないほどに、緊張していた。


「私も、呼び捨てにするね」


「お、おう」


 普段は言わない、「おう」なんて言葉が出てくるほどに、動揺していた。


 ゴクリと唾を飲み込み、見つめ合う。


 もう一台、車がすぐ隣の道路を通り過ぎていき。

 せーのと息を合わせずとも、同じタイミングで息を吸って言った。









「――瑞穂」

「――旭」









 名前が重なる。

 しかし、確かに声は届いていて。


「「っ!!!」」


 反射的に顔をそらす。


 なんでだろう。


 自分の体と同じだけ、一緒に育ってきた名前なのに。

 何度も何度も呼ばれている、一番聞きなじみのある言葉なのに。


 

 好きな人に呼ばれると、こんなにも熱を持ってドキドキするなんて。



「や、やっぱりいきなりは難しい、かも」


「……同感だ。少しずつ、自分たちのペースで慣れていこう。それでいいか?」


「うん、大賛成、です」


 やがてもう一度顔を合わせ、どちらともなく笑い始める。


「行こうか」


「うんっ」


 猫谷さんと手を繋ぎ、コンビニに向かって歩き始める。


 少しずつ、俺たちのペースで歩いていけばいい。

 

 よく知らないし、たぶんだけど。

 だって、付き合うことは誰かと競うものでも、誰かのものでもなくて、


 間違いなく、俺と猫谷さんのものなんだから。

 

 

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