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無自覚ハイスペック男、ド田舎から都会の高校に転校したら大注目される  作者: 本町かまくら


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第75話 コイに隠し味


 エプロンの紐をきゅっと縛る。


「これでどう?」


「うん、いい感じ。ありがとう」


「どういたしまして」


 キッチンで短く言葉を交わし、猫谷さんが正面に向き直る。

 紫色の、猫があしらわれたエプロン。


「似合ってるね」


「ほんとに?」


「猫谷さんっぽくていい感じだ。可愛いよ」


「っ! ……それならよかった」


 俯きながら呟く猫谷さん。


 さて、これで準備は整った。


「じゃあ作ろうか、ガトーショコラ」


「うん……!」


 買い物も十分楽しかったが、ここからが本番。

 かねてよりお菓子作りがしたいと猫谷さんは言っていたが、今回チョイスしたのはガトーショコラ。


 作り方も簡単で、初心者に優しい一品である。


「じゃあまずは下準備から」


「お願いします、桐生くん先生……!」


「桐生くん先生って……」


 やる気満々の猫谷さんと共に、早速手を動かしていく。


 まずはオーブンを170度に予熱し、型にオーブンシートを敷く。

 その間に猫谷さんには薄力粉とココアを一緒にふるってもらった。


「……ふふっ、これ楽しい」


 どうやらふるうのがお気に召したらしい。

 もう楽しそうな猫谷さんを横目に、ボウルにチョコとバターを入れ、レンジでチン。


 ちなみに今回チョイスしたのはミルクチョコ。

 猫谷さんはとことん甘党らしい。



 ――ちんっ。



「「おぉ……」」


 ボウルに溶けたチョコとバター。

 

「じゃあ猫谷さん、これ混ぜちゃって」


「わ、私がやっていいの……⁉」


「今日の主役は猫谷さんだからな。任せた」


「桐生くん……! うん、任せて」


 決意を固めたらしい猫谷さんが、力いっぱい混ぜ始める。

 顔は真剣そのもので、思わず頬が緩んだ。


 その後、卵と砂糖をボウルで混ぜ、ハンドミキサーで泡立たせる。

 今回は時短ガトーショコラなので、ここでいかに軽く仕上げるかが重要なポイントだ。


「うん、いい感じだな」


「美味しそう……」


 それからさっき混ぜたチョコとバターに卵液を数回に分けて加え、泡を潰さないように混ぜる。

 

 さらにふるった粉を加え、ゴムベラで混ぜ。

 型に流し、オーブンへ投入。


「これで30分くらい待って完成だな」


 二人して、オーブンを覗き込む。

 

「すごい、これで出来ちゃうんだ」


「レシピ通りやれば、簡単に作れるからな」


 ちなみに、猫谷さんと作るにあたって一度、俺だけで試作している。

 さすがに失敗して、カッコ悪い姿は見せたくなかったから。


 要するに、見栄を張っているわけだ。


「あ、そういえば私、隠し味入れておいたの」


「いつの間に。何を入れたんだ?」


「それは……ふふっ、まだ秘密」


「…………マヨネーズとか?」


「そういうことじゃないよ! その、まぁ……よく言われてるやつ、みたいな感じ」


「?」


 全くピンと来ない。

 一体猫谷さんは何を入れたんだ?

 

「ふふっ、美味しくなるといいね」


「あぁ、そうだ――」



「「っ!」」



 至近距離で目が合い、熱を注がれるみたいにお互いに顔が赤くなる。

 

 そりゃそうだ。

 オーブンと言えど、二人で見るには小さいわけで。


 気づいたら肩が触れ合うくらいに近づいていて、今にも顔がくっついてしまいそうになる。


 目を見開き、俺たちは慌てて顔をそらした。


「……楽しみだね」


「そ、そうだな」


 変にぎこちなくなってしまう。

 

(やっぱり、いわゆるカップルみたいに上手くできないもんだな……)


 単純に恋愛の経験値も、耐性もない。

 どうやらそれは猫谷さんも同じようで、まだまだぎこちない。


 けれど、俺たちは少しずつでいい。

 そう、少しずつで……。










 ラグに座り、テーブルに並べられたガトーショコラを眺める。


「美味しそう……」


 目をキラキラと輝かせる猫谷さん。

 

 イチゴを食べたり二人で景色をボーっと眺めていたら、あっという間に30分が経ち。

 無事完成したガトーショコラの見た目は完璧で、食欲をそそる。


「食べるか」


「うん。いただきます」


「いただきます」


 手を合わせ、ガトーショコラを一口。


「美味いな……」


「美味しい……!」


 試しに作って食べたときより何倍も美味い。

 きっと猫谷さんと作ったからだろうし、それに……。


「そういえば、隠し味ってなんなんだ?」


「っ! そ、それは……」


「このガトーショコラ、やけに美味しいんだ。それってたぶん、猫谷さんが入れた隠し味が大きいと思うんだけど」


 俺が言うと、猫谷さんがさらに顔を真っ赤にする。


「そ、そっか……やっぱり、ほんとだったんだ」


「え?」


「…………いいよ。特別に教えてあげる」


 猫谷さんがフォークを皿に置き、照れながら俺の方を向く。

 膝に手を置き、妙にかしこまった体勢になると、


「私が入れた隠し味はね?」


 一拍置くと、猫谷さんは照れ交じりに言うのだった。







「桐生くんのことが好きっていう……私の気持ちだよ?」







「っ!!!」


 凄まじい速度で胸を射抜かれる。

 

 一気に顔が熱くなって、胸の奥底から抑えきれない感情が湧き上がってきた。

 

(そんなの、反則だ)


 自分で自分に言い聞かせて、感情のままに猫谷さんを抱きしめる。


「き、桐生くん⁉」


 柔らかくて温かな、猫谷さん。

 抱きしめるたびに、幸せという感情が溢れだす。


「今のは猫谷さんが悪い」


 少しずつでいいと思っていたのに。

 照れくささとかぎこちなさとか、そういうのを飛び越えて猫谷さんを抱きしめたくなった。


「……じゃあ、桐生くんも悪いよ?」


 そう言って、猫谷さんが俺の背中に手を伸ばす。

 猫谷さんの頭が俺の肩に乗り、俺たちはより強く抱きしめ合った。 


 こうしているだけで幸せになれるなんて、案外幸せって簡単に手に入るのだと知った。










 それから、ガトーショコラを食べながらも、ストッパーが外れたようにソファの上で体を寄せ合い、抱きしめ。


 もたれ合うように二人で映画を見ていたら、気づけば寝てしまい……。



「――気持ちよさそうに青春してるところごめんね~?」



「……ん?」


 ぼんやりとした意識の中、目の前に立っている人を見る。

 

 あれ?

 今まで何してたんだ?

 というかここは……。


「起きろ~? 大黒柱が帰ってきたぞ~」


「…………母さん? ……え?」


 急に目が覚め、状況を瞬時に理解する。


 ここは俺の家で、窓の外はもう暗くて。

 俺に体を預けて寝ている猫谷さんと、目の前には母さん。



「…………あ」



 ……………………あ。 


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