第74話 スーパーを歩く
冷房の効いたスーパーを、カートを押して歩く。
「わぁ……!」
少し前を歩く猫谷さんは、やけに興味津々で。
キョロキョロと辺りを見渡しては、キャベツを手に取ってみる。
「うーん、なるほど」
何がなるほどなんだろうか。
キャベツを元に戻すと、「あ」と声を上げ、次々に野菜を見ていく。
その足取りは軽やかで、やっぱり楽しそうだ。
「あ、スイカだ。イチゴもある! ふふっ」
愛おしそうに果物コーナーを眺める。
無邪気な猫谷さんというのは、やはり新鮮だ。
普段はあまり感情を表に出さないタイプではあるし、初めなんて心を一切開いてもらえなかったわけで。
大人びた、綺麗な容姿も相まってクールな印象がどうしたってある。
「美味しそう……!」
しかし、好奇心に心を躍らせている猫谷さんの横顔は純度が高く、そのギャップに胸を突かれる。
猫谷さんのクールな一面と無邪気な一面。
(これは最近、上原に教えてもらった“沼る”ってやつだな……)
都会の若者言葉を習得中の俺は、猫谷さんを見ながらしみじみと思う。
「ね、桐生くん。イチゴ買っちゃ……ダメ?」
「ダメな理由が一つもないくらいにダメじゃないというか、むしろ大賛成というか……絶対に買おう、もはや買いたい」
「な、なんでそんなに食い気味?」
そんなの、上目遣いでおねだりしてくる猫谷さんが可愛かったからに決まってる。
「ふふっ、嬉しい」
「っ!」
頬を綻ばせる猫谷さん。
もっちりとした頬を、思わず触ってしまいたくなった。
今はスーパーだし、そんなことしないけど。
「どれがいいかな」
「え、どれ?」
どれがいいって、選ぶほどイチゴの種類が……。
「って、えぇ⁉ こんなにイチゴの種類があるのか⁉ それに値段も全然違う」
ありえない光景が目の前に広がっている。
だって田舎の頃はイチゴなんて一、二種類くらいしかなかった。
でもここには間違いなく五種類以上のイチゴがある。
「そういえば、他の果物も野菜も、種類とか売り方のバリエーションが豊富すぎるな。これが都会のスーパーか……さすが日本の中心。恐るべし都会のスーパー」
「桐生くん、戻っておいで」
「はっ! わ、悪い。つい」
「たまに桐生くんって、都会に圧倒されるときあるよね」
「田舎者に都会は圧倒的すぎるんだ」
もう三か月以上は都会で暮らしているのに、いまだに驚くことばかりだ。
俺が都会に慣れる日はいつ来るんだろうか……全く想像がつかない。
その後、猫谷さんと二人でイチゴを選び。
「♪~」
やけに上機嫌な猫谷さんの少し後ろを、カートを押して歩く。
その光景がなぜだか、未来の想像を掻き立てて。
ふと、何の脈絡もなく思ってしまった。
「ねぇ、猫谷さん」
「どうしたの?」
「たぶん、こんな感じなんだろうな。俺と猫谷さんが将来、結婚したらさ」
「っ⁉⁉⁉」
急に顔を真っ赤にする猫谷さん。
「え、どうした?」
「そ、それって……遠回しのぷ、ぷ……ロポーズ?」
「……え?」
遠回しのぷ、ぷ、ロポーズ?
・・・。
「はっ! え、えっと、今のは漠然と思ったっていうか、特別な意味があったわけじゃないっていうか……でも、違うけど、違わないというか……」
あれ?
自分で言ってて頭が混乱してきた。
「なんていうか……ん? 何が言いたいのかわからなくなってきた」
「……ぷっ、ふふふっ」
吹き出し、猫谷さんが笑い始める。
「桐生くんってほんと、面白い人」
「???」
さらに頭の上にはてなマークが増える。
猫谷さんはさらに機嫌がよくなって、スキップするように俺の隣を歩くのだった。
買い物を済ませ、エコバッグに商品を詰めていく。
「あ、それは一番下に入れようか」
「これでいい?」
「ばっちりだな」
なんて会話をしながら、商品を詰め終わる。
これにて買い物終了。
あとは俺の家に行って、二人でお菓子を作るだけだ。
「お腹空いてきちゃった」
「イチゴだけ先に食べるか?」
「え、いいの?」
「いいよ」
「ふふっ、やった」
二人並んで、スーパーを出ようとする。
ちょうどスーパーを出るところのカップルがいて、ぶつからないように立ち止まった。
「ねぇ佑介、今日の夜何食べたい?」
「そうだなー、加奈が食べたいものが食べたいかも?」
「もう、何それ。しかも、かもってさ~」
「じゃあ絶対?」
「そういうことじゃないんだけど~」
仲睦まじく、もたれ合うように出て行く。
カップルを見て、俺はふと思った。
(そういえば、恋人って下の名前で呼ぶんだよな)
さっきのカップルはお互いを佑介、加奈と呼び合っていた。
でも、俺は猫谷さんのことを猫谷さん、猫谷さんは俺のことを桐生くんと苗字で呼んでいる。
別にそれが不満に感じたことはない。
(でも、まだ苗字で呼んでるのって変なのか?)
恋人なんだから、下の名前で呼んだ方がいいかもしれない。
なんとなく、そんな気がしてくる。
とはいえ、急に呼び方を変えるのも難しい。
「桐生くん?」
猫谷さんに服の袖を摘ままれる。
「あ、悪い。行こうか」
ふと浮かんだ疑問を一旦頭の片隅に追いやり、再び歩き始めた。




