第71話 告白の延長戦
男子生徒が波留をじっと見つめる。
その表情はやけに自信ありげで、緊張感なんて微塵もなかった。
「笹原、か」
「笹原?」
「波留に告白した奴。Cクラのテニス部で、最近彼女と別れたばっかりって聞いたけどな」
「なのにもう波留に告白してるって……」
自信満々な表情の理由もよくわかった。
あの男子生徒、いわゆるプレイボーイなんだ。
(やっぱり都会って、恋愛に関して進みすぎてるよな……すごいを通り越してもはや怖いけど)
それと同時に、上原が言っていた通り波留の人気が高いことも実感する。
「えっと、まずはありがとう。でも……ごめんなさい」
「……へ?」
素っ頓狂な声を上げる男子生徒。
その顔は間抜けそのもの。
どうやら本当に自信があったらしい。
その心意気は素直にすごいと思う。俺にはない。
普通、告白は断られたら終わりだ。
……というのが一応、田舎で得た常識だと思っている。
が、しかし。
「ちょ、ちょっと待ってよ。付き合ってる奴いないよな?」
何を待って、なんだ。
「いないけど」
「じゃあ好きな奴は?」
「それは、特にいないけど……」
「なら俺のこと嫌い?」
「それも違う、けど」
「だったら――俺の告白断る理由なくない?」
「……え?」
え?
「…………え?」
そりゃ、秋斗も思わず「え」ってなる。
言ってることはめちゃくちゃだ。
なのに男子生徒はさも筋が通ってるみたいな顔してるから、こっちがおかしいのかと思ってしまう。
そんなこと、あるわけないんだが。
「断る理由がないっていうか……私、今恋愛とかよくて」
「でもさ、実際恋愛ってしちゃえば楽しいもんじゃん? 俺も犬坂の気持ちわかるけど、付き合ったら最高! ってなるよ? いや、マジで」
「でも今は……」
「大丈夫だって! 俺に任せてよ! 犬坂の毎日、めっちゃ楽しくするからさ」
「いやぁ……」
さすがの波留も露骨に困惑している。
攻め続けた男子生徒もさすがにそれに気が付いたのか、言葉を口に出すことをやめた。
「ごめんね? 笹原くんのことよく知らないし、ほんとに誰かと付き合うつもりなくてさ! 笹原くんの気持ちはすごくありがたいんだけど……」
波留がいつもの優しさで、場をオブラートに包もうとする。
しかし、それが逆に男子生徒の気に障ったらしかった。
「……久我がいるから?」
「っ!」
思わず隣の秋斗を見てしまう。
秋斗はじっと波留のことを見ていた。
「え、アキくんは関係ないよ?」
「いつも一緒にいるだろ? やっぱり、久我と付き合ってんの?」
「付き合ってないよ! アキくんはただの幼馴染だし!」
首を横に振る波留。
さすがに、物陰からただ見ているだけなのは気が引けてくる。
波留も困っているし、男子生徒は引くに引けなくなっている気もするし。
「秋斗、そろそろ間に入って……」
秋斗に視線をよこした――そのとき。
(…………あ)
秋斗の横顔が、あのときと重なる。
今日、自販機の近くで秋斗が見せた表情。
それは胸が締め付けられてるみたいに苦しそうで、物寂しそうな、あの……。
――一歩が踏み出せないほどに、頭をちらつくモンがあるんだよ
「秋斗……」
「ならいいじゃん!」
角立った声が飛び込んでくる。
男子生徒はしびれを切らした様子で波留の腕を掴んでおり。
顔を歪める波留。
――その瞬間。
「そこまでにしようぜ、な?」
隣にいた秋斗が、いつの間にか二人の間に入っていた。
男子生徒の腕を振りほどき、波留の前に立つ。
「久我……!」
「乱暴はさすがにな?」
「お前には関係ないだろ!」
秋斗が間に入ってもなお、男子生徒は引き下がらない。
むしろ、引くに引けないみたいだ。
それはきっと、男子生徒の高いプライドが邪魔しているんだろう。
しかし、秋斗はそれをわかったうえで、男子生徒を見る目力を強める。
「っ!」
怯む男子生徒。
秋斗は視線を緩めず、言葉で突き放すように言い放った。
「俺の大切な幼馴染なんだよ」
「ッ!!!」
男子生徒が一歩後退する。
「……チッ」
そのまま、男子生徒はその場から立ち去っていった。
背中が見えなくなって、ようやくほっと一息つく。
「なんでアキくんがここに?」
「偶然告白現場に遭遇して。な、旭」
「盗み見るつもりはなかったんだ。ごめん、波留」
「旭くんまで……ううん。むしろごめんね? 迷惑かけちゃって」
「波留が謝ることじゃないよ」
ここで俺たちに申し訳ないと思うのは、実に波留らしいが。
「というか……アキくん、私のこと大切な幼馴染だと思ってるんだ?」
波留がほんのりと頬を赤らめて、からかうように訊ねる。
「あぁ言った方が都合いいと思ってな? 実際、鬼は退治できたし、これからバンバン使おうと思う」
「厄払いみたいに言わないでよ! もう……」
秋斗を下から睨みつける。
その仕草はまるで、大人に甘える子供みたいで。
そんな二人の空間を見て、思ってしまう。
――そして、思ってしまったから、何気なく零れ落ちていた。
「やっぱり、二人はお似合いだ」
「「……え、え⁉」」




