第70話 覚悟しろよ
決勝戦の対戦相手である三年生が、軽薄な笑みを浮かべる。
明らかに俺たちのことをよく思っておらず、その顔は悪意に満ち溢れていた。
「なんか調子乗っちゃってるみたいだけどさ、身の程わきまえた方がいいんじゃね?」
「確かに人気かもしんないし、チヤホヤされてきたんだろうけど……世の中、そんな甘くないんだよねぇw」
「言っとくけど、お前らに言ってあげてんのは俺たちの優しさだからな? 可愛い後輩が変に調子乗って、可哀そうな目に遭わないようにさ?」
挑発するように一歩近づいてくる。
「浮かれる気持ちもわかるけど、落ち着けって。それが大人になるってことだからさ?」
頼んでもないのに、べらべらと偉そうなことを言ってくるなんて。
何でわざわざ俺たちにそんなこと言うのか、さっぱりわからない。
まさか、ほんとに厚意で忠告してくれてるのか?
いや、そんなわけない。
だって、見るからに漫画で言うところのかませ役の顔してるし。
(……暇なのかな)
俺たちを小馬鹿にすることが楽しい人たちなのかもしれない。
「あ、どうも」
「心に留めときますねー」
「おいちょっと待てやゴラァ!!!」
その場から離れようとしたら、何故か引き留められた。
しかもさっきよりやけに苛立っている。
「お前ら、やっぱり調子に乗ってやがるな……これだから顔のいい奴は舐めてんだよ……!」
「調子乗ってないですけど」
「その返しがもう調子乗ってんだよ!」
「……え?」
「きょとんじゃねぇよアホ!!!」
だって、普通に考えて意味わからなすぎないか?
どう答えたって調子乗ってることにされるんだけど。
「やっぱりコイツ、俺らのこと舐めてんなぁ……」
「ちょっと顔がよくて、チヤホヤされてるからって……クソッ!」
「絶対潰してやる……!」
より感情的になる三年生。
しかし、俺と秋斗は最初から何も変わってない。
「旭、こういうのは相手にするなよ」
「あぁ、わかってる」
相手にしない、というより意味が分からなすぎて相手にすらできない、の方が正しいけど。
「澄ましやがって……!」
「所詮、お前らがつるんでる奴らも顔がいいだけで薄っぺらい奴らなんだろ?w」
三年生が二階の応援席に座る山田たちの方を見る。
「見てられねーよな?w あーやっていつもグループでつるんでる奴ら」
「複数人でいないと安心できない小心者なんだろ。しょーもなw」
「……!」
しょうもない?
誰が、山田たちが?
「お前ら二人とよく一緒にいる犬坂も、くっだらねーよな?w」
「わかるw男に囲まれてないと気持ちよくなれない、典型的なビッチタイプだよなw」
「っ!」
秋斗の顔に力が入る。
「猫谷さんも、正直がっかりだわw」
「だよなーw桐生みたいな顔だけのやつ選ぶとか、センスないよなww」
「所詮猫谷さんも、その程度の女だったってことだろww」
「…………」
相変わらず挑発的な笑みを浮かべる三年生。
俺と秋斗は、言葉にせずとも心の内を共有していた。
だから同時に、三年生に向かって一歩を踏み出す。
「あ? 何か文句でもあんの……ひっ!!!」
静かに怒りの感情をコントロールする。
発散させる場所はここじゃない。
そしてもちろん、何も言わないなんてありえない。
俺たちの大切な人を、ここまで貶されたんだから。
「先輩たちが何されたとか、俺たちに何の因縁があるのか知りませんけど」
「そこまで言われて、黙っているわけにもいかないので」
「「……覚悟しろよ」」
「「「ッ!!!!!!!!!!」」」
三年生を睨みつけ、踵を返してその場から離れる。
「旭」
「わかってる」
言わずともわかっている。
これから俺たちが、何をするべきなのかを。
(絶対、勝つ……!!!)
田舎者を怒らせたら怖いってところ、見せてやる。
……田舎者は関係ないか。
――ピーッ。
試合終了のホイッスルが鳴り響く。
一瞬の静寂のあと、なだれ込むようにやってきたのは爆発的な歓声だった。
「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」
額に滲んだ汗を拭う。
こんなものか。
「おいおい嘘だろ⁉」
「桐生と久我の二人で何点獲ってんだ⁉」
「あの三年、バスケ部のレギュラーだぞ⁉」
「それが、それが……三十点差つくなんて!」
「マジでボコボコじゃん……」
「途中からあの三年、半泣きじゃなかった?」
「ぶっちゃけ見てられなかったんだけど」
「あの三年が弱すぎるのか、二人が強すぎるのか……」
「その両方じゃね?」
「でも、なんか見てて気持ちよかったわ」
「さすが桐生と久我だな!」
「いいもん見たわー!」
盛り上がりを見せる体育館。
あれだけ啖呵を切った三年生はというと……。
「バスケやめたい……っていうか、人間やめたい……」
「ママ……助けてママぁ……!」
「うぐっ……ひっぐ……うぅ……うわぁあああああっ!」
なんかめちゃくちゃみっともない感じでコートにうずくまってる。
(可哀そうとか、全く思わないけど)
秋斗も満足げだし、なんで因縁つけられてたのかはわからないが、結果オーライってことで。
「ナイス秋斗ー!」
「久我やりすぎ!!!」
「やりすぎってなんだよ!」
山田と赤羽さんから祝福の声が聞こえてくる。
こんなにもいい人たちなんだ。
やっぱり、貶されたままじゃ終われなかったよな。
「アキくん、ナイスだよ~!」
「ありがとな」
「旭くんも! ナイスだよ~!」
「ありがとう」
波留が嬉しそうににひひっと笑う。
隣の猫谷さんは俺見て、穏やかに微笑んでいた。
目が合い、猫谷さんが歓声の中、口を開く。
「(カッコよかったよ、桐生くん)」
口パクでも、しっかり何を言ってるのかはわかって。
「(ありがとう、猫谷さん)」
俺も口パクで返し、二人して笑い合うのだった。
「「「うわぁあああああああああああああああああああああっ!!!!」」」
……三年生の先輩、泣きすぎです。
その後、表彰式に出た俺と秋斗は、少し遅れて体育館を出る。
「スカッとしたな」
「三年生、泣きすぎてて途中から引いたけど」
「あはははっ、そりゃ確かに」
なんて笑いながら話していると、ふと校庭の脇に見知った人物の後ろ姿を発見する。
風に揺れる金色の長い髪。
「波留?」
こんなところで、それもこんな時間に何をしてるんだろうか。
もうすぐでホームルームも始まるし、早く教室に戻らなきゃいけないのに……。
「俺と付き合ってくれない?」
「……え?」
不意に驚くような言葉が聞こえてくる。
秋斗と二人で恐る恐る近づくと、波留の正面には男子生徒がいて。
「俺、犬坂のことが好きなんだ」
「「!!!」」
これっていわゆる……告白、だよな?




