第7話 田舎者、モーセになる
クラスが書かれた大きなボードを遠目から眺める。
しかし、ボードの前に人がいすぎて全然見えなかった。
新学期初日ともあってみんなテンションが高くて騒がしいし、そもそも人の数がテレビで見たフェスくらい多いし。(旭見解)
(緊張がヤバいな……)
さっきから鼓動がいつもより速い気がする。
別に俺はそこまで人見知りするタイプではない。
元居たド田舎では人と人との距離がかなり近く、常に誰かと近い距離で接していたのでむしろ得意ですらある。
とはいえ自分からグイグイ行けるタイプではなく、来られたら「まぁ、ある程度はいけますよ?」という謎に上からなスタンスではあるが。
(でも、さすがにこの人の多さは目が回るな)
顔を押さえ、少し俯き気味になる。
一方、周囲はというと。
「キャーーー!!!」
「何あの人! カッコイイんだけど!」
「あんな人いなかったよね⁉」
「新入生⁉」
「にしては大人っぽすぎいない⁉」
「うちの高校一番かも!」
「ヤバい……イケメンヤバい!」
クラス発表以外にも、周りのテンションを上げるイベントが発生していたのだが、そのことに俺は全く気が付いていなかった。
とにかく、人の多さにやられていたのだ。
しかし、このまま都会の波にのまれ、俯き加減で流されて行くのは俺の本意じゃない。
せめて「頑張ってる」と見送ってくれたみんなに胸を張って言いたいんだ。
「……よし」
顔を上げ、人ごみをかき分けようと一歩踏み出す。
しかし、驚くべきことが起きた。
「ねぇ、あれ見て!」
「嘘……ヤバいんだけど……」
「カッコイイ……!」
「どいてどいて!」
「超タイプ……」
まるでモーセが海を分けたかのように、ボードに向けて道が開けていく。
みんなが俺をジロジロ見て、ヒソヒソと話していた。
しかし、俺の耳には周りの生徒たちの声は届いていなかった。
なぜなら……。
(都会の人、優しすぎる……!)
ただひたすらに感動していた。
俺みたいな田舎者に道を開けてくれるなんて……親切は田舎の特権のように思っていたが、そんなことはなかった。
ミサミサさんやマナミさんのように、都会の人は余裕があって優しいんだ。
「ありがとうございます」
「「「「「キャーーーーーー!!!!!」」」」」
感謝しながら、みんなが開けてくれた道を歩く。
それはさながらレッドカーペットを歩く著名人のような気分だった。
ド田舎では絶対に経験できないこと。
いや、もしかしたら俺が田舎から来たことをみんなが分かって、「ようこそ東京へ」と歓迎してくれているのかもしれない。
ここはおもてなしの国、JAPANだし。
そう思ったら、目から熱いものが溢れ出しそうになる。
必死にこらえながらボードを確認し、俺が二年A組に振り分けられたことがわかると、そそくさとボードの前から退散した。
ふぅと一息つく。
するとボードの前から再び黄色い悲鳴が聞こえてきた。
「キャーーーー! 秋斗さんだ!」
「今日もカッコよすぎ……」
「色気半端ないんだけど!」
「ほんと沼る……」
声の方を見ると、目につくのは一際目立つ一人の男子生徒。
グレーの髪にちょっと悪そうな鋭い目。
身長は180cmくらいか? かなり体格がいい。
そして何より色気が漂っていて、見るからにイケメンだった。
「やった! 秋斗くんと同じクラス!」
「えぇ~! いいなぁ!」
「私も久我くんと同じクラスがよかった~!」
周りの声や彼を語る表情を見る限り、あの男子生徒はかなりの人気者らしい。
しかし、それも納得だ。
だって放っているオーラが周りと明らかに違う。
そして、もう一人放つオーラが別格な生徒がいた。
「犬坂さんだ!」
「今日も可愛すぎる……」
「あの笑顔がたまんないんだよなぁ」
「めちゃくちゃ優しいしな」
「可愛いだけじゃなくて性格もいいとか、完璧すぎんだろ」
太陽の光を受けて、キラキラと輝く女子生徒。
金髪に陶器のように白くて滑らかな肌。
顔は幼さが少し残っていながらも整っており、アイドルグループのセンターを張っていそうなくらい可愛らしさが宿っていた。
エレベーターで会ったあの子と同じくらいの衝撃を受ける。
テレビの中の芸能人に会ったみたいな感覚だ。
「犬坂さんと同じクラスになれますように!」
「あわよくば隣の席になりたい……!」
「せめて隣のクラス! 頼む……!」
「俺は猫谷さんと同じクラスかつ隣の席でお願いします!」
「おい図々しいぞ! 俺は猫谷さんと犬坂さんの両方で!」
「図々図々しいな!」
「なんだそれ!」
「このクラスで一年の充実度変わるってマジで!」
「来い、犬坂さんと同じクラス!」
「お願いします神様……!!!」
そう必死に懇願してる男子生徒がたくさんいた。
それほどにあの子は人気を集めているんだろう。
今も色んな人に話しかけられ、ニコニコと話しているし。
今この場で、間違いなく別格なオーラを放つ二人。
容姿も優れていて、人望もあって有名人。
(都会の高校の人気者とか、日本が誇る逸材と言っても過言じゃないだろ……もはや殿上人だ)
俺とはレベルがまるで違う。
そうか。さっきからやけにざわついてると思ったら、あの二人がいたからなのか。
それなら納得だ。
(たぶんあの二人とは、二年間ほとんど関わることはないんだろうな)
俺とは何もかも違う人たちだ。
俺は俺らしく、身の程をわきまえて粛々と生きていこう。
それが恐ろしき都会での処世術に違いない。
その後、昇降口を潜って下駄箱を探す。
下駄箱がありすぎて全然見つけられず、他の人たちに白い目で見られながら(旭見解)何とか発見。
自分の靴を入れ、鞄から上履きを取り出すと地面に放り投げた。
「……はぁ、どっと疲れた」
上履きを履きながら深いため息をつく。
そして歩き出そうとした――そのとき。
「あの! 二年生の先輩、ですよね?」
「……え」
顔を上げると、目の前には女子が四人、目をキラキラとさせて立っていた。
しかも全員、いかにもイケてる都会のJKって感じで、キャピキャピしている。
もちろん、この子たちとは初対面。
しかも口ぶりからして、一個下の一年生なんだろう。
初対面で学年も違う、女子四人組。
その子たちが俺に話しかけてきているというこの状況。
「………………え?」
えっと……え?