第68話 犬派か、猫派か
「知らねーの? 最近、波留の人気がとんでもないんだよ」
上原の言葉が、やけに頭に残る。
波留の人気がとんでもない。
それはつまり、男子からの人気が高くなった、ということで間違いないだろう。
「さっきも言ったけどほら、旭って猫谷さんと付き合い始めただろ?」
「あ、ありがたいことに?」
「疑問形はスルーで」
スルーされた。
「猫谷さんに彼氏ができた影響で、猫谷さん派閥だった奴らが分散したんだよ。次なる推しへ、民族大移動ってわけ!」
「なるほど。その結果、波留に人が流れたってことか」
「そーゆーこと! ま、元々ウチの高校で犬派か、猫派かって言われるくらいに波留も人気だったしなー!」
「わけあって、猫谷さんの方が告白されるとか、そういうのは多かったんだけどね?」
山田が意味ありげに秋斗のことを見る。
「わけ?」
「いろいろ、だよ」
訊ねるも、山田にあやふやにされてしまった。
秋斗も何か言うわけじゃないし、何かありそうな“わけ”がわからない。
「だから今や、波留の人気は凄まじいってわけ! それに、猫谷さんに遂に彼氏ができたからなー」
「今まで誰とも付き合うわけないって思ってたから、逆に波留にアタックしようとする人が増えたんだよね。俺も付き合えるかも、ってさ?」
「なるほど……」
きっと、今まで猫谷さんと波留は非売品というか、誰も手が届くわけがない高嶺の花のように思われていたんだろう。
それが今は、猫谷さんが俺と付き合い始めた。
だから波留も、という流れなんだろう。
「それに最近は、波留だけじゃなくて美琴も蘭子も人気だしなー」
「もう夏だしね」
「それ、関係あるのか?」
「大アリだろ! 夏と言ったら、恋の季節なんだからなー!」
「あはははっ、なんだよそれ」
秋斗が無邪気に笑う。
「そう考えると、転校して三か月で涼川高校の形勢をガラッと変えた桐生はやっぱりすごいね」
「台風の目、桐生旭ってか⁉」
いやいや、上京したてのただの田舎者なだけなんですが。
「ナイス波留ー!」
コートから声が聞こえてくる。
すでに試合は始まっていて、波留が猫谷さんを含めたクラスメイトと嬉しそうにハイタッチを交わしていた。
そんな波留を、周囲の男子が鼻の下を伸ばして見ている。
「やっぱり、犬坂さん可愛いよな」
「俺は猫より断然犬派」
「俺も俺も!」
「マジ天使だよな……気さくだし、優しいし」
「付き合いたいよな……」
「彼女になってほしいわ……」
確かに、上原の話を聞いて改めて見てみると、波留の男子からの人気が高いことがよくわかる。
波留だけじゃなくて、真田さんも赤羽さんも。
そして猫谷さんも、多くの男子の視線を集めている。
(改めて考えると、普段からすごいメンバーと一緒にいるんだな)
それは山田にも上原にも、当然秋斗にも言えることだけど。
「でも波留って特定の相手とかいないよね?」
「聞いたことないよなー。中学のときはどうだった? 付き合ってる人とかいた⁉」
二人から促され、秋斗がコートをぼんやりと見ながら答える。
「中学のときも彼氏とかいなかったと思うぞ」
「マジで⁉ 中学のときも絶対モテてただろ!」
「一回下駄箱にラブレターが五枚入ってたときあったな。あのときはさすがにびっくりしたけど」
「五枚⁉ やっぱりすげーな!」
「だよな」
秋斗が小さく笑いながら続ける。
「でも、恋愛とか今は興味ないんじゃねーの? 知らんけどさ」
秋斗がそう言った瞬間、コートが湧いた。
波留が見事なレシーブで真田さんのスパイクを拾い、点に繋がったのだ。
仲間と喜びを分かち合った後、大注目の中、波留が秋斗の方へサムズアップする。
「えへへ、どうだ!」
「今のまぐれだろ?」
「まぐれじゃないわっ!」
相変わらず仲睦まじい様子の二人。
でも、今はなんだか引っ掛かる。
いつも通りの秋斗を見ていると。
その後、試合は結局真田さんと赤羽さんのEクラスが勝利し。
猫谷さんと波留は惜しくも敗れてしまった。
仕方ない。真田さんはバレー部で、圧倒的だったから。
山田と上原とは試合後に分かれ、俺たちの試合まで時間を潰す。
「喉乾いたし、飲み物買っていいか?」
「あぁ、俺も買う」
秋斗と人気の少ない中庭の自販機まで移動し、キンキンに冷えた缶のスポーツドリンクを購入する。
絶対にペットボトルでいいのに、体が缶を求めてしまうのはどうしたって夏だなと思わされる。
田舎にいたときも、よくみんなで飲んでいたっけ。
「さっきは惜しかったな」
「波留、大活躍だったんだけどな。真田さんが強すぎた」
「だな。これは俺たちが優勝して、Aクラにトロフィー持ち帰るしかなさそうだな?」
「あははは……まぁ、やれるだけのことはやるけど」
きっと、優勝するかどうか、かかってるのは秋斗だろうから。
俺は足を引っ張らないようにするだけだ。
自販機のすぐ隣の、屋根がある日陰の部分で涼む。
渡り廊下から、女子生徒がやってきた。
「あっ」
秋斗を見て、声を上げる女子生徒。
その顔は気まずそうで、誤魔化すようにゆるく巻かれた長い髪をいじる。
慌てて飲み物を買い、もう一度秋斗をちらりと見ると、女子生徒は足早に立ち去っていった。
背中があっという間に見えなくなる。
「今の人、知り合いか?」
「知り合いっつーか……」
話しづらそうな秋斗。
このときから、あの人との間に何かあっただろうことは察していて。
秋斗は気まずそうに首に手を回しながら言った。
「この前、告白されたんだよ。あの先輩に」




