第59話 怒る田舎者
「さすがに、それはないだろ」
男子生徒二人が、俺の声に振り返る。
「「ッ⁉⁉⁉」」
驚いたように目を見開く男子生徒二人。
サッカーボールが手から滑り落ち、地面に跳ねる。
「ボールで花壇に咲いてる綺麗な花を潰して、ヘラヘラしてるのは絶対に間違ってる」
ありえない言動だ。
花が簡単に咲かないことも、丁寧に育てられて綺麗な色をしているのも、誰だって考えればすぐにわかることだ。
この男子生徒二人の態度は明らかにおかしい。
そして、この子がただ悲しむだけなんて、もっとおかしい。
怒りの感情が湧いてきて、思わず拳を強く握りしめる。
「ひっ!」
「な、なぁ! この人って……」
「っ! や、やべぇって!」
男子生徒二人が身を縮こまらせる。
「たかが花だって? すぐに生えてくるだって?」
「「ッ!!!」」
これだけは絶対にこの二人に分からせなければいけない。
この花の価値を、大切に育てた彼女の想いを。
「この花たちは、彼女が大切に育てたものだ。だから――たかが花なんかじゃない」
目に力を込めて、男子生徒二人を睨みつける。
「「ひっ……!!!」」
男子生徒二人の顔が恐怖でいっぱいになり、震えあがる。
普段誰かに怒ることなんて意味がないと思ってしないし、そもそも怒ることがない。
けれど、これだけは許せなかった。
「「す、すみませんでしたぁああああああああ!!!」」
ボールを慌てて拾い上げ、逃げ出していく。
ほっと息をつくと、彼女の方に振り返った。
「大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫……です」
心なしか、女子生徒がよそよそしい。
「? どうかした?」
「いや、あんな風に怒るんだなって思って」
「普段は怒らないよ。けど、どうしてもこれは許せなかったから。どこにでもいるもんだな。軽薄な奴って」
「……ですね」
短く呟く女子生徒。
「…………あの、ありがとうございました」
「え? なんかお礼言われるようなことしたっけ?」
「いやいや、今怒ってくれたじゃないですか。正直スカッとしましたし。たぶん、私じゃ舐められて消化不良のまま終わってたから」
「あぁー」
今になってようやく気が付く。
だって俺が男子生徒二人に怒ったのは、自分のためでもあったから。
正直、正義感とかではない。
けれど、それを今否定したって仕方がないな。
女子生徒が俺の行動でよかったと思ってくれたことが一番重要だ。
頬を緩ませ、女子生徒に微笑みかける。
「スカッとしたなら、よかったよ」
「っ!!!」
慌てて顔をそらす女子生徒。
「ま、まぁ。感謝してあげますというか、なんというか……そ、それだけですから!」
「?」
日本語がよくわからなかったが、まぁいいか。
女子生徒がしゃがみ込み、花壇に目を向ける。
「……次からは、あんな奴らに負けないくらいに強い花を育てます。もちろん、この子たちもとても強かったですが」
「あははは、そうだな」
この子は本当に強い。
まるで花のようだと、ただ純粋に思う。
「そういえば、君の名前聞いてなかったな。教えてもらってもいい?」
「……伊澄美波、ですけど」
「俺の名前は桐生旭だ。よろしく」
「桐生、旭……」
意味深に呟く伊澄さん。
俺の名前に何か思うところがあるのだろうか。
別に珍しい名前でもないと思うんだけど。
「どうかした?」
「い、いえ。なんでもありません」
伊澄さんはそう言うと、再び花壇に視線を戻すのだった。
♦ ♦ ♦
――週末。
今日も運よく晴れており、空を見上げると日差しが眩しい。
駅前は休日ムードが漂っており、色んな人で溢れていた。
そんな中、改札横の日陰に入り、来た道を眺める。
たぶんそろそろ来る頃だと思うんだが……。
「あ」
目につく、こちらに向かってくる女の子。
日差しにも負けないほどに眩しいオーラを放っており、すぐに見つけられた。
「桐生くん、おはよう」
「おはよう、猫谷さん」
優しく微笑む猫谷さん。
そう、今日は猫谷さんとデートをする日。
つまり、待ち望んでいた日である。
「やっぱり、駅で待ち合わせするのは新鮮だね」
「そうだな。デートっぽくて悪くない」
「でも、特別なときだけね? そうじゃないとスペシャル感が薄れちゃうから」
「仰せのままに」
「ふふっ、何それ」
猫谷さんがクスクス笑う。
ふと、猫谷さんの私服が目に入る。
ゆったりとしたインディゴブルーのバギーデニムにライトブルーのストライプシャツ。
イヤリングやリング、ネックレスなどの小物も映えていて、制服姿とはまた違った大人っぽさが醸し出されていた。
つまり、総括すると――
「可愛いな。それにきれいだ」
「っ! あ、ありがとう……」
俯き、きゅーっと小さくなる猫谷さん。
その姿もまさに可愛いなと思い、何なら言いそうになっていると、
「いこっ」
猫谷さんが俺の小指を握り、改札へと進んでいく。
その後ろ姿を眺めながら、またしてもテンションが上がる。
(やっぱり、可愛らしい人だな)
思わず頬が緩みながらも、猫谷さんと改札を通った。
――田舎者、初めてできた彼女と都会でデートする。




