第58話 警戒心MAX
「…………」
重そうな土を持った女子生徒に睨まれる。
都会にやってきて驚くことばかりだったが、ここまで警戒されることはなかった。
そりゃだって、俺は見るからに田舎者なわけで。
警戒する必要なんて、都会の人からすれば一ミリもない。
(なんでこんなに睨まれてるんだ……)
以前に会っていたとかならわかるが、俺の記憶の中では間違いなく初対面。
……あ、そうか。
初対面だからこそ、警戒しているのか。
見知らぬ田舎者に突然話しかけられたら、この反応になるのは普通だ。
いや、都会田舎関係なく、誰だってそうだ。
衝動的に声をかけてしまったから、そこまで気が回っていなかった。
や、やってしまった。
「なんですか?」
「えっと……土が重そうだったから、手伝おうと思って」
「……なんでですか?」
「っ!」
背筋がヒュンっと凍る。
内心半端ないほどに動揺していたが、それを表に出さないように咳ばらいをする。
ここまで来たら「やっぱり何でもないです」と引き下がるわけにはいかない。
「女の子が重そうにしてたら手伝うのが普通だ。それだけだよ」
驚いたように目を見開く女子生徒。
「…………」
やがて俺のことを疑うようにじっと見ると、抱えている土がずれ落ち、「わっ」と慌てて体勢を立て直す。
やはりどう考えたって重そうだ。
「遠慮しなくていいから」
念を押すように言うと、またしても黙り込む女子生徒。
警戒の目はそのまま、口先を尖らせて言った。
「……お願いします」
土を花壇の前まで運び込み、ドサっと地面に置く。
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
女子生徒は相変わらず俺に心を許していない様子で、花壇の前にしゃがみ込んだ。
刺さっていたスコップを手に取り、いそいそと土をすくい上げていく。
(なんだか、田舎を思い出すな)
ド田舎にいたときは、毎日のように花壇を見ていた。
学校ではみんなで花を育てていたし、家でもじいちゃんばあちゃんのガーデニングを手伝っていたのだ。
「懐かしいな……」
思わず見入ってしまう。
「君は園芸部なの?」
「……そうですが」
「へぇ、そうなんだ。似合うな」
「はい?」
怪訝そうに眉をひそめる女子生徒。
「花が似合うなって思って」
「っ!」
ささーっと女子生徒が俺から距離を取る。
な、何かいけないことでも言っただろうか。
振り返るも、傷つけるようなことは言ってないと思う。
(ん? この子、若干頬が赤い気が……)
凝視するのは失礼だと思い、花壇に視線を戻す。
やはり花を見ていると落ち着くなと思っていると、女子生徒がスコップを両手で握りしめた。
「何が目的ですか」
「目的?」
「ここにいる理由、です」
理由なんて、一つしかない。
「いや、花が綺麗だなって思ったから」
「っ!!!」
顔をカッと赤くさせる女子生徒。
ポロっと手からスコップが落ちる。
「綺麗に咲いてるよな、全部。色も綺麗だし、色んな種類があるし。丁寧に、大切に育ててきたんだろうなって感じるよ。きっと、花も喜んでると思う」
「な……!」
「さすが園芸部だ。素敵な趣味だな」
「っ……!!!!」
声にならない叫び声を上げる女子生徒。
「……あ、当たり前です。毎日手入れして、勉強もして育ててるんですから」
「へぇ、すごいな」
「す、すごくないですし……普通ですし。……私にとっては」
「いや、特別なことだよ。みんながみんなできることじゃないから」
「っ! ……ま、まぁ、そうかもしれませんね」
女子生徒がスコップで再び土をすくい始める。
しかし、先ほどまでのピンと張りつめたような緊張感はなく。
女子生徒の警戒心もどこか緩んでいるような気がした。
「……花はとてもきれいなんです。日の光を浴びて、すくすく育って。やがて綺麗な色の花を咲かせる。その生き方が美しくて……好きなんです」
花を見ながら言う女子生徒。
頬を緩ませ、心の底から言っているのが伝わってくる。
「いいな、花って」
「……まぁ」
ぷいっとそっぽを向き、黙々と作業を続ける女子生徒。
初めは睨まれて怖かったが……なんだ。
(いい子だな)
ただただ純粋に、そう思った。
それから、ちょくちょく中庭の花壇に足を運ぶようになった。
やはり都会の中に故郷を思い出せるオアシスということもあって、つい見たくなり。
たまにそこで女子生徒と遭遇すると、活発ではないが言葉を交わすようになった。
「きれいだな」
「そ、そうですか。……園芸部、入ったらどうですか?」
「え?」
「いや! ……なんでもありません」
「?」
「…………」
もちろん、まだまだ警戒されているけれど。
そんな風に日々は過ぎていき。
雨が続いていたが、久しぶりに晴れたある日のこと。
「ぎゃはははは! へったくそだなぁ!」
「見てろって俺の蹴りをよぉ!」
中庭で騒ぐ男子生徒二人組。
サッカーボールで遊んでいて、とにかくはしゃいでいた。
「行くぞ! そりゃあああああっ!」
勢いよく蹴り上げられたボール。
それは明後日の方向に飛んでいき、そして……。
――ぐしゃり。
花壇に落下し、花を潰すように転がっていく。
「あ……」
ボールがちょうど作業をしていた女子生徒の前で止まる。
唖然とする女子生徒。
「あ、すみませーん!」
男子生徒がやってきて、ボールを回収する。
ボールに潰された、カラフルな花たち。
女子生徒は立ち尽くし、やがて男子生徒をキッと睨みつけた。
「何すんの⁉ 花が潰れちゃったじゃん!」
「あぁ、ごめんごめんw」
「ごめんで済む問題じゃ……!」
「でも、たかが花だろ? またすぐ生えてくんじゃん」
「そーそー。こんくらいでキレんなよなw」
「っ!!!」
軽薄な笑みを含んで言う男子生徒。
女子生徒は言い返せず、ただ拳を握りしめる。
彼女は悟ったのだ。
いくらここで怒ったって、どうしようもないということを。
――しかし。
「なぁ」
咄嗟に男子生徒の肩を掴み、引き留める。
「はい? まだ何か……」
「さすがに、それはないだろ」
「っ!」
気が付けば、体が勝手に動いていた。




