第56話 付き合ってます
結局、秋斗と波留が言っていた“とんでもないこと”の正体はわからず。
三限目を迎え、理科室での実験のため教科書を持って移動していた。
いつも通り秋斗と波留と三人で、廊下を歩いていたのだが……。
「ねぇ、あれって桐生くんだよね」
「猫谷さんと付き合ってるって噂の……」
「今朝一緒に登校してたんでしょ?」
「それに距離感もかなり近かったって聞いたよ!」
「前からただならぬ雰囲気出てたしな」
「校外学習の後も二人で遊んでたらしいぞ」
「え、マジ⁉ じゃあ付き合ってんじゃん!」
「まぁ逆に付き合ってない方がおかしいけどな」
全方向から浴びせられる視線。
例外なく誰もが俺たちのことを見ていて、まさに大注目な状態だった。
ふと、新学期初日を思い出す。
思えばあの辺りも、なぜだか注目されていた。
あとは体育祭後。
最近はかなり落ち着いていたのだが、今はどの期間よりも見られている気がする。
「あははは! すっげぇ注目」
「レッドカーペット歩いてるみたいだね!」
「他人事な……」
苦笑いしていると、背後から「あの!」と声をかけられる。
振り返ると、そこには見知らぬ女子生徒が三人いた。なんかこういうこと多いな。
「桐生先輩! その、猫谷先輩と付き合ってるって……ほ、ほんとですか⁉」
「「「「「ッ!!!!!!」」」」」
廊下の気温が一瞬にして上がる。
体がズシリと重くなるようなプレッシャー。
女子生徒三人はじっと俺を見つめていて。
廊下は急に静まり返り、固唾をのんで俺の言葉を待っているようだった。
……なんだこの異様な空間は。
しかし、別に答えづらいような質問ではない。
んんっ、と咳ばらいをし、変に見られていることなんて気にせず口を開く。
「ほんとだ。猫谷さんと付き合ってる」
「「「「「「「ッ!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
またさらに気温が上がり、
「「「「「「「うわぁああああああああああああああああああああ!!!!」」」」」」」
「え……え?」
謎に上がる歓声。いや、雄たけび? 悲痛の叫びでもあるような……。
「やっぱり付き合ってんのかよ!」
「一大カップル誕生だ……」
「嘘……私、桐生くんのこと好きだったのに……」
「そんな……俺たちの猫谷さんが……」
「異論はないけど、心にぽっかり穴が開いた気分……」
「……あぁ、美男美女カップルすぎる」
「桐生くんが……うそぉ」
「猫谷さんが誰かと付き合うなんて……嫌だ、嫌だぁ!」
項垂れる生徒たち。
一気に空気はどんよりとしたものに変わり、活気が元からなかったみたいに消え去った。
「な、なんだこれは……」
「こうなると思ってたんだよなぁ」
「桐生、猫谷ロス、かぁ……これは長引きそうだねぇ」
二人の言葉を聞いて、ようやく気が付く。
秋斗と波留が今朝、危惧していた“とんでもないこと”って……。
「このことだったのか……」
予想だにもしていなかった。
でも猫谷さんって前から大人気だったって言うし、そりゃこうなるよな。
「あ、旭ー!」
重くなった雰囲気を切り裂くように飛んでくる声。
声の方を見ると、ぞろぞろと上原たちがこっちに向かって来ていた。
上原が俺の肩に腕を回す。
「旭聞いたぞー! おめでとう! 猫谷さんと付き合ったんだってな! 転校してすぐにあの猫谷さんオトすなんて、すごすぎるぜコノヤロー!」
「あはは……ありがとう」
「おめでとう、桐生」
「桐生くんおめでとう」
「おめでと、桐生くん」
「みんな……ありがとう」
山田に真田さん、赤羽さんからも祝福してもらえるなんて、なんて恵まれてるんだ俺は。
やはり都会の有名人は優しい。心の余裕が違いすぎる。
ぜひとも俺も見習いたいところだ。
「ま、ここ最近の桐生見てたら、まだ付き合ってなかったの? って感じだけどね」
「早く付き合っちゃえばいいのにって、あたしたちずっと話してたしね」
「え、そうなのか?」
思わずきょとんとしてしまう。
そんな俺を見て、秋斗と波留も含めて全員が「ぷっ」と吹き出した。
「アハハハハハ! 旭らしいなー! 俺も、旭見習って鈍感キャラでいこうかなっ」
「上原はやめときな。絶対無理だから」
「私も蘭子に賛成かな」
「なんだと⁉ 俺もできるってのー!」
地団太を踏む上原を見て、みんなで笑う。
「そうだ。今日の放課後、カラオケに行く約束してたよね?」
「そういえばそうだったな。旭は大丈夫か? 猫谷さんとか」
「あぁ、大丈夫だ。話してあるから」
「さすが桐生くん。そこら辺も抜かりないね。上原と違って」
「え? ……あ、今俺のこと馬鹿にしたな蘭子!」
「おっそ」
「ごらぁああああああ!」
じゃれ合い始める赤羽さんと上原を見ながら、再び笑う俺たちだった。
あっという間に時間は流れ、迎えた放課後。
帰り支度を済ませた俺たちは、山田たちと合流するために教室を出ようとしたのだが。
「あ、なんか陽太が課題終わってないらしくて、それ一回待つって」
「りょうかーい!」
一度立ったがもう一度席につき、なんでもない雑談を始める。
教室には人がまばらに残っていた。
「あ」
ふと、猫谷さんが席に座ってレポートを書いているのが目に入る。
そういえば理科の実験レポートが課題として出されていた。
授業中に終わってない生徒も半分くらいいて、放課後提出になっていた。
(珍しいな)
猫谷さんは学校が終わったら大体すぐに帰る。
だからこうして放課後に学校に残っているのはあまりない光景だった。
それから十分が経ち。
「やっとレポート終わった! 帰ろー!」
どんどん生徒たちが教室を出て行く。
「あ、陽太課題終わったって。他の三人の力を大いに借りて」
「あははは……また陽太くん、蘭子ちゃんに小言言われてそう」
確かに、その光景は容易に想像できる。
「んじゃ、行きますか」
「レッツゴー!」
秋斗と波留が席を立ち、俺も二人に続いて席を立つ。
教室を出ようと歩いていく中、やはり気になって立ち止まった。
「ごめん、ちょっと」
二人に断りを入れ、猫谷さんの肩を叩く。
「猫谷さん?」
「あ、桐生くん。どうしたの?」
「いや、まだ帰らないのかと思って。手伝おうか?」
「ありがとう。でも大丈夫。もう少しで終わるから」
「でも……」
「カラオケ行くんでしょ? 楽しんできてね」
「あ、あぁ」
猫谷さんが机に視線を戻す。
「旭?」
秋斗に声をかけられ、山田たちも待たせていることを思い出す。
猫谷さんが楽しんできてねって言ってるんだ。
それにもう少しで終わるって言ってるし……。
「悪い、今行く」
引きずるものがありながら、秋斗と波留と一緒に教室を出る。
けれど、まだ教室には猫谷さんがいる。
それも一人で、レポートを書いて……。
思わず立ち止まってしまう。
「?」
首を傾げる波留。
「……あのさ」




