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無自覚ハイスペック男、ド田舎から都会の高校に転校したら大注目される  作者: 本町かまくら


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第53話 ふたり


 それから、あっという間に時間は流れ。


 集合場所に戻ってきた俺たちは先生指示の下、全体解散することになった。

 バラバラと駅に向かう人たちもいる中、生徒たちが集まった一帯は妙に浮足立っている。


 それもそのはず。

 校外学習の本番はこれからだと思っている生徒が多くいるのだから。

 そしてもちろん、俺もそのうちの一人だった。


「じゃあね! 瑞穂ちゃん、旭くん」


「また明日、学校でな」


「あぁ、また」


「またね」


 秋斗と波留が俺たちに手を振り、改札を潜っていく。

 どうやらこの後、波留の買い物に秋斗が付き合うことになっているらしい。


 相変わらず仲がいい。

 さすが幼馴染だ。


「…………」


「…………」


 わずかに沈黙が流れる。


 周りがどんどん男女二人になっていく中、俺も猫谷さんと二人きりで。

 ごくりと唾を飲み込み、一歩踏み出す。


「じゃあ行こうか、猫谷さん」


「うん、桐生くん」


 猫谷さんと並んで歩き始めた。










 二人で電車に乗り、モノレールにも乗ってやってきたのは――お台場。


 ちなみに移動中、モノレールに感動していると猫谷さんが謎にツボっていた。

 猫谷さんもモノレールが面白かったんだろうか。


 何にせよ、雰囲気は間違いなく最高で。

 到着するとすぐにショッピングモールに入り、ぶらぶらとウィンドウショッピングを楽しむ。


 さすがは都会のショッピングモールで、店と人の数が凄まじかった。

 それにも感動していると、またしても猫谷さんに笑われた。

 

 もしかしたら今日の俺は猫谷さんのギャグセンスにクリーンヒットしてるのかもしれない。

 もちろん、全くの無自覚なんだが。


 それから、ショッピングモール内のピザやパスタが有名なイタリアンで夜ご飯を食べ。

 

 気が付けば日は落ち、夜になっていた。


「あ、潮の香り」


 外に出ると、心地いい夜風が頬を撫でる。

 猫谷さんはたなびく髪を耳の後ろにやりながら、頬を緩ませていた。


「ねぇ、猫谷さん」


「ん?」


 猫谷さんが首を傾げる。


 俺は拳を人知れずぎゅっと握りしめると、猫谷さんに向かって言うのだった。


「ちょっと歩かない?」










 ざく、ざくと砂を踏みしめ、歩いていく。


 水面には幻想的な輝きを放つ月が映っていて。

 心が落ち着くような波の音が、規則的に鼓膜を震わせる。


「きれいだね」


「そうだな」


 猫谷さんと二人、夜の海を眺めながら砂浜を歩く。

 

「私ね、結構海好きなんだ」


「それは知らなかったな」


「小さい頃は海に連れて行ってもらって、よく遊んでた。夜の海はちょっと怖いけどね」


 確かに、目の前に広がる夜の海は丸のみされてしまいそうな恐怖を感じる。


「でも、落ち着いててすごく好き。すごくきれい」


 猫谷さんが目をキラキラと輝かせる。


 紫色の長い髪は、月の光を反射して煌いていて。

 神秘的で儚げな光景が、猫谷さんの美しさにこれでもかと言うくらい似合っていた。



「ねぇ和希、好きって言って?」

「好きだよ」

「もっと言って」

「えー?」

「なに、嫌なわけ?

「嫌じゃないけど」

「なら言って」

「大好きだよ」

「っ! もう……違うじゃん」



 ふと、近くのカップルの会話が聞こえてくる。

 あまりにもプライベートなやり取り。


「…………」


「…………」


 思わず言葉に詰まってしまう。

 

 今気が付いたが、周りには海を眺めるカップルがたくさんいた。

 波の音と共に漂うロマンチックな雰囲気。


 ここがそういう場所だと、否が応でも気づかされてしまう。


 しかし、俺にとってはむしろ良かった。


(今、このタイミングで……)


 口を開こうとしたそのとき。



「恋人がいるのって、割と普通なのかな」



 猫谷さんが呟く。


「え?」


「高校二年生で、十七歳で。恋人がいても不思議じゃない年齢なのかな、私たちって」


「そうじゃないか? 同学年にも付き合ってる人結構いるって聞くし、それに……」


 ――校外学習の後に二人で抜け出した人、多いみたいだし。


 言いかけて踏みとどまると、猫谷さんが夜空を見上げる。

 雲一つない、透き通った夜空。


「なんかね」


 猫谷さんの言葉の隙間を、ザーザーと波の音が通り過ぎていく。

 

 立ち止まる猫谷さん。

 その瞳に夜空を映しながら、ぼそっと呟いた。





「付き合うって前は全然わからなかったけど……今は少し、分かった気がするんだ」





「っ!」


 心臓が跳ねる。

 体がカッと熱くなる。


 猫谷さんが頬を緩ませ、俺の方を見た。

 目が合い、衝動が胸を突き破ろうとしてくる。


 今だ、今しかない。


 猫谷さんの方へ一歩踏み出し、「あのさ」と切り出そうとした――そのとき。


「うえーん」


 聞こえてくる女の子の泣き声。

 反射的に声の方を見ると、そこには予想通り泣いている女の子がいた。


 しかも一人だけで。


「あの子……」


 猫谷さんが咄嗟に女の子に声をかけようとする。

 しかし、


「裕子!」


 駆け寄ってくる女性。

 女の子はその女性を見ると、安心したのかより一層泣き始めた。


「ごめんね。怖い思いさせてごめんね」


「お母さぁああん」


 抱き合う二人。

 そのまま親子は浜辺を抜け、消えていった。


 そんな場面を猫谷さんと眺め、心がほっこりする。

 ふと猫谷さんに視線を向けると、猫谷さんは優しくて柔らかな表情を浮かべていた。


「やっぱりね、私思うんだ」


 またしても猫谷さんが話し始める。


「あんな風に誰かに見つけてもらうこととか、誰かが傍にいてくれて、すごく安心することとか。それって代わりの物がないくらいに幸せで、嬉しいことなんだって」


「猫谷さん……」


 猫谷さんがゆっくりと歩き始める。

 ざく、ざくと砂を踏んでいく。


「嵐の日、桐生くんの家でも話したけど私、ずっと一人だったから。でも、今日校外学習が楽しかったように、誰かと楽しい時間とか気持ちを共有することがこんなにも幸せなんだって、最近気づけた」


 ふふっ、と猫谷さんが笑みをこぼす。


「もう私、前みたいにずっと一人になんてなれないよ」


 猫谷さんが立ち止まり、くるっと俺の方に体を向ける。


「だからさ、桐生くん」

 

 月明かりに照らされながら、猫谷さんは美しく輝いていた。

 




「責任、取ってくれる?」





 冗談めかして言う猫谷さんに胸を貫かれる。

 ……果たして、これは何度目なんだろう。


「責任、取るよ」


 猫谷さんをグッと見つめる。


「あのさ、俺――」


 言いかけたその瞬間。

 猫谷さんが俺の方に一歩近づこうとして、砂に足を取られる。


 崩れる体勢。


「っ!」


 俺の体は咄嗟に動いていた。





 ――ふわっ。





 猫谷さんの艶やかな髪がふんわりと広がる。

 腕に感じる重み。

 

 それでも軽やかで。

 猫谷さんの体がすっぽりと俺の腕の中におさまった。


「大丈夫か?」


「う、うん。ありがとう……」


 猫谷さんと体が密着する。 

 

 このままはよくないと思い、猫谷さんの体勢が整ったことを確認してから離れようとした――そのときだった。


「っ!」


 服を両手でぎゅっと掴まれる。

 もちろん掴んでいるのは猫谷さんで、俺たちの距離はゼロのままだった。


「猫谷、さん……」


「…………」


 猫谷さんが黙ったまま、俺の胸に頭を預けてくる。

 ぽすっと音を立てておさまった猫谷さんの頭は、やはり小さくて。


 体全体が柔らかく、女の子なんだということを実感させられた。

 

 心臓がありえない速さでドクドクと鳴っている。

 

「ねぇ、桐生くん」


 猫谷さんがほんのりと顔を上げ、俺と目が合う。

 

 真っ赤になった頬と耳。 

 瞳は透明な膜に覆われていて、儚げに揺れていた。


 柔らかな唇がわずかに動く。





「付き合うって、こういう感じなのかな」





 ――その刹那、思い出したのは少し前のこと。


 あの日。

 陰の落ちた体育館裏で話したこと。



 ――いつかできるといいね、誰かと付き合うとか


 ――そうだな



 波の音が、ふっと消える。




「あぁ、きっとそうだよ」




 ふたりの世界で、きっと通じ合えているという確信が手のひらの中にあった。


「っ!」


 猫谷さんを抱きしめる。

 

 ビクッと体を震わせる猫谷さん。

 やがて、猫谷さんも俺の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。


 この気持ちとか、雰囲気とか。

 温度とか、風の心地よさとか、波の音とか。

 そのすべてを一度に、抱きしめた。


「猫谷さんのこと、一人にさせないから。責任、ちゃんと取るから」


「……うん。私も桐生くんのこと、一人にさせない」


「俺、猫谷さんのこともっと知りたいよ」


「私も、桐生くんのこともっと知りたい」


 三秒経って、合図もなく口を開く。



「これから、できたらいいねの恋をしていきたい。猫谷さんと俺の、ふたりきりで」



 猫谷さんの瞳が大きく開く。


 やがて薄い膜が揺れ、一筋の涙が頬を伝うと、猫谷さんは言うのだった。








「……約束、だよ?」








「あぁ、もちろんだ」

 

 猫谷さんがもう一度俺の胸に頭を預ける。

 今度は押し付けるように顔をうずめた。


 もう少し強く抱きしめる。

 離したくないという気持ちが無意識に現れるように。


 冷たい風と怖いくらいに深い波にさらわれないくらいに確かな熱が、ここにはあった。


 ふたりの間に、あったんだ。


 波の音が響いてくる。

 世界は元通りになる。


 それでも俺たちは守るように、確かめるように。

 ふたりきりで抱き合っていたのだった。



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