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第5話 上京初日、総括


 髪を切り終え、美容院を出る。


 気づけば夕方になっていて、街の景色は少しだけ落ち着いて見えた。

 美容師のミサミサさんに外まで見送られる。


「絶対また来てね! 君のその顔面をもってしても、さすがに一か月に一回くらいはメンテナンス必要だから」


「わ、わかりました」


 素直にうなずいておく。

 驚いたことに、高額な請求はされなかった。

 それどころか本当に会計はタダで、インスタ? に俺の写真を載せるだけでいいらしい。


 無料で髪を切ってもらって、さらに整髪料までもらえた。

 今まで前髪が少し邪魔だと思っていたが、センターパート? っていう前髪を分けるやり方も教えてもらえたし、満足感がかなり大きい。


「色々とありがとうございました」


「こちらこそだよ~。高校が始まった後くらいにまた顔見せに来て、その無双っぷりを私にも聞かせて悦に浸らせてねぇ~。たぶん金曜の銭湯より気持ちいいはず」


「?」


 無双っぷりとか金曜の銭湯とかはよくわからなかったが、絶対にまた来ようと思える。

 ミサミサさんは故郷にいたお姉さん方と同じ話しやすさがあって、心地がいいし。

 

 都会にやってきて、初めて信頼できる人に出会えたのかもしれない。


「じゃ、また」


「は~い! ばいば~い」


 ミサミサさんに手を振られ、歩いていく。

 

 上京初日。

 なかなかの好スタートなんじゃないかと心躍る気持ちでいると、あっという間にマンションに到着した。


 豪華絢爛なエントランスを潜り、エレベーターを待つ。

 すると隣に誰かがやってきた。


 何気なしにちらりと横を見る。

 その人も俺の方を同じタイミングでチラ見したようで、完全に目が合った。



「「……あ」」



 声も重なる。

 

 何という偶然か、その子は行きにエレベーターで会ったラスト〇ォーサバイバルに熱中していた女の子だった。


(同じマンションとはいえ、行きも帰りも会うなんて……)


 そういえば、あのときスマホの画面をじっと見てしまったことに対する謝罪が出来てなかったな。

 

 きっとこの子の中で俺は、エレベーターの中で初対面の女の子のスマホの画面を覗き込む、モラルの欠けた田舎者という認識なはず。

 それはこの先、同じ階に住むご近所さんとしてあまりによくなさすぎる。


 この機会にちゃんと謝ろう。

 そう思い、「あの」と口を開いたその時。


 女の子が無表情のまま、俺にスマホを突き出してきた。

 スマホにはゲームの画面が映っている。

 が、意図が全くわからない。


 困惑していると、女の子はさらりと言った。



「……ほんとは、これくらいできるから」



 ・・・。


「え?」


 ど、どういうこと?

 予想外すぎる言動に困惑する。

 

 しかし、俺は必死に脳を働かせ、女の子の行動の意味を考えた。

 そして、行きに言われた「入れたばっかりだから」という言葉も踏まえ、俺の頭がはじき出した答えは……。


「もしかして、簡単な広告ゲームに苦戦してたと思われたくなかった?」


 俺の言葉に、そっぽを向く女の子。

 それがもはや答えだった。


「……ぷっ、あははははっ」


「! 別に、面白くないと思うけど」


「いや、ごめん。つい……」


 でも、こんなの笑っちゃうだろ。

 だってあまりにも可愛らしすぎる。

 強がったような言い方も、その無邪気な動機も。


 俺が笑みをこらえきれないでいると、女の子は俺を見てビクッとし、またしても警戒したように距離を取った。

 

「……あ」


 また俺、間違えた?

 初対面の人の一言で笑っちゃうような、気持ち悪い田舎者だと思われた……よな?

 しかも美容院で髪だけ都会仕様にしてるから、より背伸びした田舎者だって思われてるんじゃ……。


「えっと、すみま……」


 俺が謝罪の言葉を口にしようとしたそのとき、三人家族が俺たちの後ろに立つ。 

 そのタイミングでエレベーターも到着し、三人家族を真ん中にして分断されるように乗り込んだ。


 とてもじゃないがエレベーター内で、三人家族を間に挟んで謝罪なんてできず。

 降りてから謝ろうと思ったが、先に女の子がエレベーターを降りるとピューっと逃げるように行ってしまった。


「あっ」


 そして俺の家の三つ隣に入っていき、バタンと扉を閉める。


「お、終わった……」


 美容院で髪を切ってもらって、いい一日だと調子に乗っていた。

 そのせいでご近所さんとめちゃくちゃ気まずい感じになってしまった。


「身の程をわきまえて、所詮自分は田舎者、だろうが……」


 自分の家の前にしゃがみ込み、頭を抱える。

 

 ――上京初日。


 新手の詐欺師の名刺集めをし、美容院で髪を切ってもらい。

 そして、同じ階に住むちょっと変わった美少女に、めちゃくちゃ悪印象を与えた。


 これがいいのか悪いのか。

 それはもちろん――


「最悪だ……」





     ♦ ♦ ♦





 ――4月5日。


「ふはぁ」


 目が覚める。

 目をこすりながらカレンダーを見ると、今日の日付が赤い丸で囲われていた。


 しかし、確認しなくても今日が何の日かはわかっている。

 昨日もそれで少し寝れなかったわけだし。


「今日から学校、か」


 短い春休みを終え、今日は新学期初日。


 都会の高校に転校する日だ。



「……だ、大丈夫だろうか」



 上手く馴染めるかどうか、今から心配で胃が痛い……。


 

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