第49話 猫谷さんを探せ!
ある日の朝のホームルームにて。
朝の一時間を使って行われたのは、間近に迫った校外学習についてのこと。
そこで班決めが行われ、俺は秋斗と波留と猫谷さんの四人で行動することになった。
「浅草とか行ってみたいよね!」
「あー、あの雷門ってやつか?」
「っ! か、雷……」
「猫谷さん、別に雷が落ちる門じゃないから大丈夫だよ」
「わ、わかってるよ」
軽く行動計画も立て、和気あいあいと話を膨らませる。
このタイミングで全体解散後のことを誘ってもよかった。
が、ホームルームで、しかも他の人の目がある中で誘うのはさすがに迷惑かなと思い、別の機会にすることにしたのだ。
そうして迎えた昼休み。
同じ班になることも決まったし、誘うなら今しかないと思い立ち上がる。
(急に心臓がバクバクしてきた……これが緊張ってやつか)
だが、誘うのは秋斗と波留と話した作戦の大前提。
ここで勇気が出ないようじゃ、告白なんて絶対にできない。
それに正直な話、俺は猫谷さんと出かけたい。
逆に他の人と出かけてほしくなかった。
(よし)
決意が固まり、一歩を踏み出す。
「あのさ、猫谷さ……」
声をかけ、猫谷さんが振り向いたそのとき。
「き、桐生くん!」
教室後方のドアから声が聞こえてくる。
そこには三人組の女子生徒が立っていた。
「話があるんだけど……いいかな?」
顔を真っ赤にした女子生徒。
残りの二人はそんな女子生徒を支えるように後ろに立っている。
「あ、あぁ。わかった」
ここで「今はちょっと」なんて断れるわけがない。
猫谷さんと数秒目を合わせてから、女子生徒の下に向かう。
「ねぇ、あれってたぶん校外学習のことだよね!」
「E組の佐藤さんじゃん! やっぱ可愛いなー」
「さすが桐生って感じだけどな」
「桐生なら佐藤さんに誘われるのも納得だわー」
「佐藤さんと行くのかな?」
「鏑木先輩の告白断ったくらいだしなぁ」
「さすがに猫谷さんと行くんじゃない? 同じ班だし」
「お似合いだよねー」
「桐生くんどうするんだろー」
妙に浮足立った教室を出る。
その一瞬、ちらりと猫谷さんの方を見たら俺のことを見ていたようで目が合った。
それがやっぱり嬉しくて、絶対に誘いたいという決意が強まったのだった。
女子生徒の話は校外学習の全体解散後に二人で出かけないか、というものだった。
しかし、猫谷さんと出かけたいと思っていた俺は丁重にお断りし。
まだ間に合うと思い、急いで教室に帰ってくる。
「あ、猫谷さん!」
ちょうど教室から出ようとしていた猫谷さん。
この流れでどこか二人で話せる場所に行こう。
そう思い、口を開いた――そのとき。
「桐生~! ちょっと話あんだけどいい~?」
猫谷さんの横を通り、目の前にやってくる女子生徒。
「っ! えっと……」
一瞬、どうしようかと固まる。
が、猫谷さんは「じゃ」の口を作り、歩いて行ってしまった。
「ねね、場所変えよっか」
「わ、わかった」
なんて間が悪いんだ、俺は……。
――その後。
昼休みは示し合わせたようにお誘いの連鎖が起こり。
結局誘えずじまいで、気づけば放課後になっていた。
(何か見えないものに阻まれてる気がしてならない……)
机に突っ伏し、うなだれる。
やっぱりホームルームにさらっと誘えばよかったかもしれない。
だが、今更後悔したって仕方がないのはわかっている。
(まだチャンスはある。やるしかない)
切り替えて、顔を上げる。
むしろ放課後の方が人が少ないし、ハードルはグッと下がる。
本番は放課後だったんだと自分に言い聞かせながら立ち上がり、猫谷さんに声をかけようと顔を向けたのだが……。
「あれ?」
猫谷さんが見当たらない。
教室を見渡してみるが、どこにも猫谷さんはいなかった。
だが机の横に鞄はかかっている。
ということはまだ学校にいるということだ。
「あのさ」
「っ⁉ き、桐生くん⁉」
猫谷さんの斜め前に座るクラスの女子に声をかける。
「ん? 大丈夫か? 顔赤いけど」
「だ、大丈夫! ゆ、夕陽がね!」
まだ夕陽出てないけど。
「それよりどうかしたの?」
「猫谷さん知らないか?」
「あー、猫谷さんならノート持って出て行ったよ。どこ行くかまでは知らないけど」
「なるほど」
やはりまだ学校にいるとみて間違いなさそうだ。
「ありがとう」
「う、うん!」
慌てて教室を飛び出し、猫谷さんを探す。
今日を失敗で終わらせたら絶対にダメだ。
必ず猫谷さんを誘う。
必ず、だ。
「き、桐生くんどうしたんだろうね」
「あんなに慌てて猫谷さん探して」
「……でもカッコよかった」
「……私も探されたい」
「激しく同感だわ」
それから、俺は許される速度で学校中を駆け回り、猫谷さんを探した。
――が、しかし。
「全然見つからない……」
ここまで来たら、やはり超人的な何かに邪魔されてると思えてならない。
それか、俺の間の悪さが超人的なのか。
そもそも探すセンスがないのか。
「どこにいるんだ、猫谷さんは」
キョロキョロと辺りを見渡す。
「ん?」
ふと、正面から見知った顔の人が歩いてくるのが見える。
「あ、アニキ!」
「坂本!」
リュックを背負った坂本が、満面の笑みで俺の下に駆けよってくる。
「お久しぶりです、アニキ! でもどうしたんですか? 放課後に学校に残ってるなんて珍しいですよね?」
「猫谷さんを探してるんだ」
「猫谷先輩?」
「あぁ。見てないか?」
「あ、見ましたよ」
「見たのか⁉」
思わず坂本の肩を掴んでしまう。
「っ! アニキが俺の肩を……これで肩幅がもっと大きくなりそうです!」
「言ってる意味がよくわからないが……とにかく、どっちに行ったとかわかるか?」
「あぁ、それならあっちに」
「ありがとう、助かった!」
坂本が指さした方向に走り出す。
もちろん、許される速度で。
「アニキ、なんであんなに焦って……はっ! あの後ろ姿は恋する男の背中! なるほど、遂にアニキと猫谷先輩が……いや、だいぶ遅いけど。でも頑張れ、アニキ!」




