第47話 一夜明けて
――朝四時。
カーテンの隙間からぼんやりと明るい光が差し込んでくる。
あれだけ騒がしかった外はすっかり静まり返っていて、いつの間にか嵐はどこかへ消えていた。
あと少ししたら朝がやってくる。
今日もまた学校だ。
「んぅ……」
隣で寝息を立てる猫谷さんが顔を歪める。
依然として密着していて、下手に動いたら起こしてしまいそうだ。
なんてことを考えていたのだが、
「……ぅ、ふはぁ」
ゆっくりと目を開ける猫谷さん。
やがて俺と完全に目が合うと、瞬きを三回。
「おはよう、猫谷さん」
「っ⁉」
慌てて飛び起き、猫谷さんが顔を真っ赤にさせる。
「き、桐生くん⁉ って、そっか。私、桐生くんの家で寝て……」
「今思い出したのか……」
どうやら寝ぼけているらしい。
起きたばかりだしな。
「あ、雨止んでる」
「気づけば、な。でも、これでもう安心だな」
「ふはぁ、よかった」
もう一度欠伸をすると、猫谷さんがぐーっと腕を伸ばす。
そのときちらりとパジャマが引っ張られて、白いお腹が見えたことはここだけの秘密だ。
当然、思わず照れてしまって顔をそむけたことも。
……ほんと猫谷さん、無防備すぎる。
俺に寄りかかって寝ていたことも含め、色々と。
「おはよう、桐生くん」
「おはよう」
ありふれた朝の言葉なのに、こうして猫谷さんと交わすと妙に嬉しい。
それもこれも全部、あれが原因なんだよな。
「ごめんね? その……寄りかかって寝ちゃって。桐生くんは眠れた?」
「あ、あぁ。眠れたよ」
もちろん、嘘である。
俺はこの時間まで一睡もできなかった。
だって猫谷さんが俺に密着していて、さらに寝ていたのだから。
そんなドキドキしっぱなしの状況で誰が寝れるというのだろう。
それに俺は、猫谷さんへの気持ちを自覚したばかりだったし。
でも、眠れなかったと猫谷さんに言えるわけがない。
猫谷さんのことだ。きっと申し訳ないと思うだろう。
そんな感情を猫谷さんに抱かせたくない。
俺の隣で、ただ気持ちよく寝ることができた。
そう思ってもらうことが、今の俺にとって一番幸せなことだ。
「そっか。よかった」
猫谷さんが目を細め、優しく微笑む。
「っ!」
寝起きだからこそ純度の高い猫谷さんの可愛さに、またしても目をそらす。
こんなの直視できない。
だってあまりにも可愛すぎるのだから。
玄関でサンダルに足を突っ込む猫谷さん。
くるっと体を俺の方に向ける。
「本当にありがとね。このお礼は近いうちに絶対するから」
「あぁ、期待してる」
「うん」
そろそろ母親が帰ってくるかもしれないし、あと数時間後には学校に行かなきゃいけない。
だから今日はここで一度お別れだ。
ドアを開ける猫谷さん。
一歩踏み出して、顔だけ俺の方に向ける。
胸の下あたりで小さく手を振ると、どこか恥ずかしそうに言うのだった。
「じゃあ……また、あとで」
「あぁ、またあとで」
猫谷さんが家を出ていき、ドアが閉まる。
一人になった空間に、余韻だけが残っていた。
(……名残惜しいな)
そう思うとやけに胸が苦しくて、また早く会いたいなと切に思うのだった。
朝日を受けながら学校に登校する。
……眠い、眠すぎる。
実はあの後、ギリギリまで寝ようとベッドに入ったのだが眠れなかった。
さっきまで猫谷さんがいたということもあるし、布団に残った猫谷さんの匂いにやられて、目が覚めてしまったのだ。
自分で言っていて気持ち悪いなと思うけど。
「あ、桐生くんだ! おはよー!」
「キャー! 今日もカッコいいー!!」
「おはよう」
昇降口で同じ学年の女子に声をかけられながら、下駄箱で靴を履き替える。
睡眠不足でぼーっとしていると、不意に右肩をツンとつつかれた。
「?」
右に頭を向けると、制服を着た猫谷さんと目が合う。
「桐生くん、おはよ」
「っ! ね、猫谷さん」
猫谷さんのことを考えていたからか、変な反応になってしまう。
それになんだろう。
数時間前まで、お互いにパジャマ姿でいたってこともあるし……。
「ふふっ、二回目だね」
「そ、そうだな」
猫谷さんと肩を並べ、下駄箱を閉じる。
「あの後寝れた?」
「少しは」
「そっか。私も……ちょっとだけ寝れた」
「よ、よかったよ」
「う、うん。……よかった」
「…………」
「…………」
なんだこのむず痒さは。
急に自分の立っている地面が不安定なもののように思えてくる。
「い、行くか」
「そ、そうだね」
猫谷さんと下駄箱を抜ける。
(やっぱり、した方がいいな……)
睡魔と戦いながら、何とか授業を受け終え。
ようやく迎えた放課後。
こないだと同じく、秋斗と波留とファミレスに来ていた。
秋斗はジンジャーエール、波留はメロンソーダをストローで飲んでいる。
俺は水を一気に飲み干すと、単刀直入に言い放った。
「俺、猫谷さんが好きだ」
「「ぶっ!!!!!!」」
吹き出す二人。
……た、単刀直入過ぎたか?




