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無自覚ハイスペック男、ド田舎から都会の高校に転校したら大注目される  作者: 本町かまくら


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第44話 ソファにふたり


 ドアをガチャリと開ける。


「お邪魔します」


「あ、あぁ」


 入ってくる猫谷さん。

 猫谷さんはパジャマを着ていて、長い髪はやけに艶やかに見えた。


 普段は絶対に見れない、プライベートすぎる猫谷さんの姿に思わず目を奪われる。


「き、桐生くん?」


「っ! 悪い。上がってくれ」


「うん、ありがとう」


 スリッパを履く猫谷さんをちらりと見て、咳払いする。


(何ドキッとしてんだ、俺は)


 自分に言い聞かせながらも、心はざわついていて。

 どうしてだろうと考えながらも、同時にすごい状況になったなとも思う。


 まさか猫谷さんと電話していたら、猫谷さんが俺の家に来ることになるなんて……。





『桐生くん……そっち、行ってもいい?』


「……え?」

 

 思わず聞き返してしまう。


 そっち行ってもいい? ってことはつまり、俺の家に行ってもいいかってことだよな。

 猫谷さんが、俺の家に?


『その……こわ、くて。絶対眠れないと思って、て。とにかく……不安で』


「猫谷さん……」


 震える猫谷さんの声からも、本当に怖くて不安なことが伝わってくる。

 まるで雨の中、寒さに震える子猫のようだ。


『桐生くんしか頼れないの』


「っ!」


 ドキっと心が跳ねる。



『…………ダメ?』



 小さくて、今にも消えてしまいそうな声。

 

 俺の返答なんて、初めから一つに決まっていた。

 それ以外の選択肢はすぐに捨てていた。


「わかった」





 ……ということがあり、猫谷さんが俺の家に来ることになったのだ。


 ドアを開けて猫谷さんと目が合った時、心底安心したように頬を緩ませていた猫谷さんを見たら、この選択は間違っていなかったと確信できた。


 不幸中の幸いか、母さんは家にいないし。

 

(それにしても、電話の時の猫谷さんはなんだか、甘えていたというか、可愛かったというか……)


 また心臓がバクバクと鳴っている。

 

 これは一体、なんなんだろう。

 猫谷さんを見てドキドキしてる?

 いや、どうして……。


「桐生くん?」


 猫谷さんに声をかけられ、ハッとする。


「いや、なんでもない」


 なんでもなくはないけど、なんでもないことにしておき。

 猫谷さんをリビングに案内した。










 時計の針はもう1時を回っていて。


 窓の外からは依然として、強い雨風の音が聞こえていた。

 まだ夜は、嵐は終わらないらしい。


 猫谷さんと二人、同じ毛布にくるまってソファに座る。

 テレビには適当に選んだ映画が流れていて、電気を消してぼんやりと見ていた。


 多少は気を紛らわすことができるかもしれないから。

 

「…………」


「…………」  


 俺たちの間に会話はなかった。

 でも、すぐ傍にお互いがいるという感覚だけが確かにあった。


『恋ってなに?』


『そんなの、俺に聞かれてもわからないよ』


 映画の中の高校生が、そんなセリフを吐く。

 適当に選んだ映画は、恋愛映画だった。

 

「猫谷さんって普段、恋愛映画とか見るのか?」


「見たことない。あ、でもお母さんが見てるのをチラッと見かけたことはある。桐生くんは?」


「俺もないな。そもそも恋愛とかよくわからないし」


「私も。すごいよね」


「だな」


 会話があっという間に途切れてしまう。

 

 いつもだったらこんなことないのに。

 でも、会話が盛り上がったら猫谷さんが眠れない。

 だから静かに、ただ隣にいるくらいがちょうどいいのかもしれない。


 恋愛映画のセリフと、窓に打ち付ける雨粒の音。


 その二つが広いリビングを支配する中、猫谷さんの動く音が少しだけ聞こえる。

 体勢を変えるのかと思っていたら、右手に柔らかな感触を感じた。


 やがてそれが猫谷さんの手だと気が付く。

 つまり、猫谷さんが俺の手を握っていた。


「猫谷さん?」


「あっ、ごめん」


 どうやら無意識だったらしい。

 咄嗟に俺の顔を見て、手を離そうとする猫谷さん。


「!」


 手が離れる一瞬、猫谷さんの寂しそうな顔が見えた。

 それと同時に、離したくないという気持ちが湧いてくる。


「猫谷さん」


 引っ込めようとする手を握り返し、今度はちゃんと手を繋ぐ。

 

「っ! ……いいの?」


「いいよ」


「…………ありがとう」


 猫谷さんが俯き、俺の手をぎゅっと握り返す。

 

 小さな猫谷さんの手。

 ちらりと繋がれた手を見て、猫谷さんが嬉しそうに微笑んだ。


「っ!」


 抑えられない衝動に突き動かされる。

 俺は気づけばもう一方の手を猫谷さんの頭にポンと乗せ、撫でていた。


「き、桐生くん?」


「あっ、悪い」


 何急に頭撫でてるんだ、俺は。

 

 自分でも自分の行動に驚きながら、手を引っ込める。

 しかし。


「いや」


「え?」


「……嬉しかったから、続けて?」


「っ!」


 またしても心が跳ねる。

 たまらなく嬉しい。

 なんなんだ、この現象は。


 今までの人生の中で、感じた事のない幸福感に包まれる。


「……わかった」


 引っ込めた手をもう一度伸ばして、猫谷さんの頭を撫でた。

 

「……はぅ」


 猫谷さんが嬉しそうに目を細める。

 その姿を見て、さらに強く心臓が脈を打った。


 右手は猫谷さんの手を握っていて、左手は猫谷さんの頭を撫でている。

 二人同じ毛布にくるまり、内容の入ってこない恋愛映画が流れていて。


 外の荒れた天気の声はまるで、俺と猫谷さんを二人きりにしているみたいだった。


「大丈夫だ。怖くない」


「桐生くん……」


 繋がれた猫谷さんの手がピクリと動く。


 猫谷さんのとろけそうな顔が、瞳が俺を見つめている……。

 

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