第43話 ピカッと
『あ、もしもし』
スマホ越しに聞こえてくる声。
誰からかかってきたのかは、スマホに表示されていた名前で知っていたけど。
「母さん? どうした?」
『今大変なことになってて~。大雨、暴風警報出てるでしょ? そんくらい天気が悪すぎて電車が止まっちゃったのよ~』
大変な状況になってる割に、話し方がかなり軽い。
それもそのはず、元々母さんはフランクでのらりくらりな喋り方なのだ。
「なるほど」
『しかも、タクシーを拾える状況じゃなくて。だから今日は会社の近くのホテルに泊まることにしたから』
「わかった」
『……大丈夫? 私がいなくても一人で寝れる~?』
「俺を何歳だと思ってるんだよ」
『息子は永遠の8歳? みたいな?』
「今年で17だ」
あと、永遠の〇〇っていうときは大体18か20だから。
『ま、とりあえずそゆことだから。旭も油断せず、あったかくして寝なよ~?』
「わかった。母さんこそ気を付けて」
『は~い。じゃ、おやすみぃ~』
電話が切れる。
広い部屋を見渡して、この部屋に一人か、と思った。
とはいえ、母さんは度々泊まり込みで帰ってこないことがあり、だだっ広いこの家で一人で過ごすことには慣れている。
「それにしても、雨風が強いな」
気が付けば、さっきよりも明らかに天気が荒れている。
どんどんと強くなる雨音を聞きながら、ふと猫谷さんのことを思う。
(大丈夫かな……)
母さんが帰ってこなくても、特に変わらず。
風呂に入って歯を磨き、ベッドに入る。
やることもないので、早く寝てしまおうと思っていたのだが……。
「ん? またか」
サイドテーブルに置いていたスマホが振動する。
また母さんだろうと思って手に取ると、そこに表示されていた名前に驚き、反射的に通話ボタンを押してしまった。
「あ、もしもし?」
『もしもし……桐生、くん?』
スマホから聞こえてくる、透き通った声。
「猫谷さん? どうかした?」
『いや、その……えっと』
スマホからガサガサとノイズが聞こえてくる。
どうやら猫谷さんもベッドの中にいるらしい。
その後、小さな声で、
『怖く、て』
「そ、そっか」
『ほんとはお母さんが帰ってくる予定だったんだけど、電車止まって帰れないみたいで。ホテルに泊まるって言ってて今、一人なの』
「俺と同じだ」
『桐生くんも?』
「あぁ、俺も一人」
『そっか。……ふふっ、なんか嬉しい』
嬉しい、か。
ちょっとわかる気がする。
『雨の音とか風の音とか強くて、怖くて……だから電話しちゃったんだ。迷惑だった?』
「全然迷惑じゃない。むしろ嬉しいよ」
『嬉しい?』
「素直に頼ってもらえたのがさ」
『そっか。じゃあウィンウィンだね』
「あぁ、ウィンウィンだ」
いや、もしかしたら俺の利益の方が大きいのかもしれない。
きっとスマホ越しには伝わってないだろうけど、猫谷さんから頼ってもらえたことが自分で思ってた以上に嬉しかったから。
もはやそれだけで、お釣りが出そうな気さえしてしまう。
「でも、同じマンションなのに電話してるって不思議だな。そもそも、誰かと電話してるっていうのが滅多にないし」
『普段電話しないの?』
「しないな。というかスマホをほとんど使わない。操作が難しすぎる。子供ケータイがいい」
『ふふっ、何それ。ほんとに16歳なの?』
「もしかしたら8歳かもな」
母さんの中では俺、永遠の8歳らしいし。
「猫谷さんは? 普段電話とかするのか?」
言ってはたと気が付く。
(あ、今モヤってした)
猫谷さんが電話することを想像して、自分から言ったくせにモヤっとした。
自分の部屋にいても発症するのか、都会の病は。
なかなかしつこいな。
『私もほとんどしないよ。スマホはゲームするための薄い板だと思ってるから』
「あまり俺と変わらないな……」
『操作は難しいと思わないよ? ブンブンに使い回してるからね』
使い回すの擬音がブンブンなのが引っ掛かるな。
でも、猫谷さんらしいと思ってしまう。
猫谷さんらしさが上手く説明できないけど。
その後、俺と猫谷さんは色んなことを話した。
今日食べた夕飯のことや、猫谷さんが最近ハマっているゲームのこと。
それから最近の猫谷さんが色んな人と話すようになったことなど、何気ない話から学校の話まで、それぞれに何のつながりもなく話し続けた。
『桐生くんの声って、落ち着くね』
「そうか?」
『そうだよ』
「それを言うなら猫谷さんだって落ち着く声してる。たまにドキッとさせられたり、心をかき乱されることもあるけど」
『え、どういうこと?』
「総合して、いい声だと思う」
『っ! ……ありがとう』
猫谷さんと話しているのは本当に楽しかった。
それも嵐の中、お互いに布団の中にいて。
電話だからかいつもと話すのとは少し違って新鮮で、より素直に言葉を交わせたような、そんな気がした。
時計の針が12時を回り。
『ふはぁ、眠くなってきた』
「もう怖くない?」
『うん、桐生くんのおかげで。じゃあそろそろ切るね。ありがとう、桐生くん』
「こちらこそ。あったかくして寝ろよ」
『ふふっ、わかった』
何気ない会話をして、電話を切ろうとした――そのとき。
ピカッとカーテンの隙間から光が漏れ、少しして強烈な雷の音が鳴り響く。
それは猫谷さんのスマホ越しからも聞こえてきて……。
『きゃっ!』
「猫谷さん⁉」
『か、雷が……』
「大丈夫、たぶん近くに落ちてないから」
『で、でも……』
さっきまでリラックスした声だったのに、今は恐怖で震えている。
せっかく寝れそうだったのに、これじゃ……。
『眠れない……』
猫谷さんが弱弱しく呟く。
それから数秒の間があって、スマホから猫谷さんの震えた声が聞こえてきた。
『桐生くん……そっち、行ってもいい?』
「……え?」




