第42話 嵐の前の静けさ
夕方、ファミレスを出る。
空は分厚い雲に覆われていて、全体的にどんよりとしていた。
「相談乗ってくれてありがとな。おかげでスッキリした」
「お、おう」
「う、うん」
妙に歯切れの悪い二人。
だが、今俺がこうしてモヤモヤせずに済んでいるのは、二人のおかげだ。
やはり秋斗と波留は何でも知っている。
都会に来て初めての友達が二人でよかったと心の底から思った。
「……まぁ、とりあえず今はいいか」
「そうだね。余計に混乱させちゃったら変なことになりそうだし」
「それに、そのうち自覚するだろ」
「だね。私たちは大人しく見守るってことで」
「?」
コソコソと話す二人。
会話の内容はよくわからなかったが、たぶん俺には関係ない話なんだろう。
「じゃ、また学校で」
「あぁ」
「バイバイ~!」
手を振り、二人と別れた。
マンションに到着し、エレベーターを待つ。
すると背後から、人の気配を感じた。
なんとなく知ってる人な気がして、ちらりと振り返る。
「あ、猫谷さん」
「桐生くん」
やはり猫谷さんだったか。
どうやら第六感が働いたらしい。
「今帰り?」
「うん。カフェでゆっくりしてたら、天気悪くなってきて。慌てて帰ってきたの」
猫谷さんが俺の隣に並ぶ。
エレベーターはまだ一階に到着する様子がない。
「そういえば、ここ一週間は天気が悪いってニュースで言ってたな。それも雨風が強いタイプの」
「えぇ……嫌だね、それは」
「だな」
ゆっくりとした時間が流れている。
猫谷さんと二人で話しているけど、モヤモヤはしていなかった。
むしろ今は、心がスッキリしていて心地がいい。
「私、台風とか嵐とか苦手なんだ。特に雷は子供の頃から苦手で……」
「へぇ、そうなんだ」
雷に怯えている猫谷さんを想像する。
……なんだか可愛らしいな。
(って、なに同級生に可愛らしいとか思ってるんだ。しかも隣にいるのに)
いや、別にいいのか。
でもなんだかよくない気もしてくる。
「そういえば、上京する前に家の近くの大木に雷が落ちて折れたことがあったな。さすがにあのときは怖かった」
「っ! ……このマンション、折れたりしないよね?」
「さすがに大丈夫だろ。都会の建物は頑丈そうだし、大きな木もないから」
「そ、そっか。そうだといいな」
本気で心配した様子の猫谷さん。
ほんとに雷が苦手みたいだ。
ピコンとエレベーターの明かりがつく。
ドアが開くと、俺と猫谷さんは一緒に乗り込んだ。
♦ ♦ ♦
それから数日が経ち。
教室の窓にぽつぽつとつく水滴。
外では雨が降っていて、校庭には水たまりができていた。
「天気悪いな」
「体育も座学になっちゃったしね」
「あれ眠いんだよな」
俺の後ろの席に座る秋斗が気だるげに呟く。
秋斗だけじゃなく、教室全体の空気が重々しかった。
天気は人の心を左右するというが、まさにその通りだと思う。
「しかも、ここから天気悪くなっていくんでしょ?」
「らしいな。今日は寄り道せず、さっさと帰んないと」
二人の会話を聞きながら、ふと猫谷さんを見る。
嵐が、雷が苦手だと言っていた猫谷さんは自分の席でぼーっとスマホを見ていた。
もしかしたらまたスマホゲームに熱中しているのかもしれない。
「…………」
「…………なぁ旭」
秋斗に声をかけられ、視線を戻す。
「なんだ?」
「今、猫谷さんのことじっと見てたろ?」
「あぁ」
「それは素直に認めるんだ……」
別に誤魔化すようなことじゃないしな。
「また発症したのか? 都会の病」
「ふふっ、そうだよ旭くん。大丈夫? 都会の病」
ニヤニヤする二人。
何だろう、いじられてる気がする。
「大丈夫だけど……」
「そうか。でもま、また発症したら俺たちに言えよ? 都会の病」
「いつでも相談に乗るからね? 都会の病」
「そんなに都会の病って連呼しなくていいんだけど……」
俺が言うと、二人はニヤリと口角を上げた。
その日の夜。
まだ母さんが帰ってきていないので、一足先に夜ご飯を食べる。
テレビからはニュースが流れていた。
窓に打ち付ける雨粒の音。
しかし、その強さは教室の比じゃない。
まるで弾丸のような、窓を突き破る勢いだ。
(大丈夫か? これ)
あまりの悪天候に心配になっていると、テレビの表示が切り替わる。
それを見るにどうやら現在、俺の住んでいる地域では大雨、暴風警報が発令されているらしい。
「マジか……」
ニュースでは駅での様子や、強い風で傘が折れてしまった人々の様子が映し出されている。
今日は外で用事がなくてよかった。
もし今頃外出していたら、大変な状況になっていたかもしれない。
(そういえば猫谷さん、大丈夫かな)
こないだエレベーターで話しただけに、猫谷さんのことを思い出してしまう。
今頃、ニュースを見ながら怯えてないだろうか。
窓に打ち付ける雨の音だけでも怖いのに、ここからさらに天気が荒れることになったら……。
「心配だな」
なんてことを思いながら窓の外を眺めていると、テーブルの上のスマホが振動する。
どうやら電話がかかって来たらしい。
「――はい、もしもし」




