第40話 未解決な難題
ある日の昼休み。
学食で昼ご飯を食べ終え、廊下を歩く。
一緒に歩いているメンバーは秋斗、波留、山田、上原、真田さんに赤羽さんと豪華な上に大所帯だった。
勇者の凱旋、優勝パレード。
そのどれもが当てはまりそうなくらい、眩いオーラを放っている。
「最近暑くなってきたよね。汗かくのほんと勘弁なんだけど」
パタパタとシャツを仰ぐ赤羽さん。
「あはは……確かに」
「桐生くんの前に住んでたところも暑かった?」
「夏はすごかったよ。しかも謎になるべくクーラー使わない文化あったから」
「マジ⁉」
「生命を脅かされそうなときはさすがに解禁してたけど」
「生命って……」
最近の猛暑は簡単に命を奪ってしまう。
これから来る真夏を舐めてかかったら痛い目に遭うのだ。
「ん?」
ふと、階段前で男子生徒と話している猫谷さんが視界に入る。
俺に続いて秋斗たちも猫谷さんに気が付いた。
「あ、猫谷さんだ!」
「桐生の奥さんだっけ?」
「山田、それ違うから」
山田はここ最近、謎に俺と猫谷さんのカップリングを推してくる。
秋斗と同様、意外にも冗談を言うのが好きらしい。
「結構話し込んでるな」
「猫谷さんにしては珍しい」
「そんなこともないよ?」
波留がふふっ、と笑みをこぼしながら続ける。
「最近の瑞穂ちゃんは人当たりがいいって割と有名なの」
「あぁー! そういや猫谷さんと話せたって嬉しそうにしてる奴いたな!」
「体育祭の打ち上げの後から、俺とも話してくれるようになったし。な、旭?」
「まぁ、そうだな」
確かに、猫谷さんは打ち上げを機に変わった。
それは俺としてもすごく嬉しいことだし、心の底からよかったと思うのだが……。
(なんでだろう。モヤっとする)
嬉しいはずなのに、手放しに喜べない。
むしろ誰かと猫谷さんが話していると、胸が少し締め付けられる。
「…………」
ふと、赤羽さんから視線を感じる。
「ん? どうした?」
「……いや、なんでもない、けど」
赤羽さんがぷいっと視線を逸らす。
その間に、猫谷さんは男子生徒との会話を終え、階段を降りていった。
会話の話題が他に移る。
しかし、俺は未だにモヤモヤを燻らせていて。
(なんなんだろうな、これ)
最近たまに湧き上がる感情の正体に、頭を悩ませるのだった。
放課後。
秋斗と波留の二人と駅前のファミレスにやってくる。
もちろん、ファミレスに来たのは人生で初めてである。
「ここがファミレス……すごいな」
「ファミレスに感動してる奴、初めて見たよ」
「そんなにすごいものじゃないよ? どこにでもあるし!」
「どこにでもあることがすごい。全部ひっくるめて半端ない」
「……ぷっ、あははっ! やっぱり面白いな、旭は」
秋斗がケラケラと笑う。
二人はずっと都会で暮らしてきてるから慣れてるだろうけど、慣れてない人からしたら本当にすごい店だ。
当然、ド田舎にはファミレスなんてなかった。
そもそもレストランがない。スナックしかない。
その後、秋斗と波留が注文した山盛りポテトを摘まみながら、もちろんそれにも感動しつつ、話は近いうちにある校外学習の話に。
「校外学習?」
「うん! 大学見学を名目に、四人班で都内を散策するんだよ」
「都内を散策⁉」
せっかく上京したのだから、ちょうど都内を散策したいと思っていた。
なんて絶妙なタイミングでのイベントなんだろう。
もはや俺のためのイベントだと言っていい。それは違うか。違うな。
「しかもこの校外学習には一つ、毎年恒例のイベントがあってな」
「イベント?」
イベントの中にあるイベントって、ものすごいイベントイベントしてるな。
さすが都会だ。すべてが一筋縄ではいかない。
「班行動が終わって全体で解散した後、男女二人で出かけてカップルが誕生するっていうのが毎年の恒例なんだよ。つまり、校外学習の後はめちゃくちゃカップルができる」
「去年もすごかったしね!」
「だから、今の時期から意中の相手がいる奴はそわそわしてるんだよ。班行動終了後に、気になる奴を誘おうってな」
「へぇ……すごいな都会の積極性」
恋愛に対する意識の高さは抜きんでている気がする。
「んで、旭はいないのか? 誘いたい子とか」
秋斗がコーラを飲み干し、音を立ててテーブルに置く。
「別にいないよ」
「いいの? いるなら早く誘った方がいいよ? きっと色んな人が狙ってるだろうし」
「いや、だから……」
言いかけてやめる。
それは昼休みの光景を何故か突然思い出したから。
猫谷さんが階段の前で男子生徒に話しかけられて、会話をしている姿。
もしかしたらあのとき、猫谷さんは誘われていたのかもしれない。
そう考えたら、なんだか……。
(またモヤっとしてきた。ほんとなんなんだ、この感情は)
言葉が出て来ず、頭で考えてしまう。
あ、そうだ。
答えを知っていそうな人が目の前にいるじゃないか。しかも二人も。
「あのさ、二人に聞きたいんだけど」
テーブルに手を置き、二人をまっすぐ見る。
「猫谷さんが他の人と話してるとき、なんでかモヤっとするんだけど……これって、なんでだと思う?」
「「…………へ?」」
ぽかんと口を開ける秋斗と波留。
え? 俺今、変なこと言ったか?
困惑していると、二人が顔を見合わせ、俺に視線を戻す。
やがてさぞ当たり前のことを言うみたいに口を開いた。
「そりゃ、嫉妬してるからに決まってるだろ」
「嫉妬だね、間違いなく」
「……え、嫉妬?」




