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第4話 カットモデル


 引き続き街を歩く。


 春休み期間だからか人通りが多く、人の多さに体力が消耗していった。

 何故か視線を集めているし、それに……。


「何枚渡されるんだ、これ」


 手の中にある数枚の名刺。

 すべて“自称”芸能事務所のスカウトに渡されたものだ。

 もはや街で配られる(らしい)ティッシュより数が多い。


 都会は金の亡者で溢れていると知識でわかってはいたが、ここまでとは……。

 どうやら都会は恐ろしいことに、スカウトマンを装った詐欺師大国らしい。


(気を引き締めて、美容院探さないとな)


 キョロキョロと辺りを見渡す。

 しかし、さっきから全然美容院が見つからなかった。


 都会はパッと見、その店がどういう店なのかわからない。

 店の名前も全部繋がった英語とかで理解不能だし。


(都会って、一周回って不便なのか?)


 そんなことを思っていると、道脇に立っているピンク髪の女性と目が合った。

 ……あ、ヤバい。


「ッ!!! ちょっとちょっと! そこのお兄さん!」


 ピンク髪の人が満面の笑みで俺に近づいてくる。

 あっという間に俺の目の前まで来ると、「ヤバいっす……大当たりっす!」と嬉しそうに言いながら俺を見てきた。


「あの、いい話があるんすけど!」


 いい話がある、というのは明らかに詐欺の常套句。

 いくらド田舎出身とはいえ、その手に引っかかるほど俺もひよっこではない。


「壺はなんだかんだで使わないし、英語も学校で勉強するので間に合ってます。あと、ほぼ無一文です。バイトもしてないので」


「え、何の話っすか?」


 首を傾げる女性。

 「ま、いっか」と呟いて、俺の肩に手を置いてきた。


「お兄さん、カットモデルやりませんか⁉ 今ちょうど探してて……お兄さんを一目見た瞬間、ビビッとキタっす! ぜひ、うちで髪切らないっすか⁉ 無一文大歓迎っす!」


「カット、モデル?」


「そうっす! うちらが無料で髪切るっす!」


 サムズアップする女性。

 ちょうど美容院を探していたのだ。

 なんていいタイミングでの勧誘だと一瞬、胸が高鳴る。


 しかし、俺は思いとどまった。

 


 ――都会はとにかく気を付けること! 特に声をかけてくる女の子には! いい⁉ いいよね⁉⁉⁉



「……俺、ほんとにだいぶ無一文です」


「金取ると思ってます⁉ ほんとに、無料で髪切るだけっすから! っつか、詐欺とかじゃないっす! 割と広く一般的に知られてるやつっすよ、これ!」


「は、はぁ」


「全然信用されてない⁉ だ、だからぁ……!!」


 その後、ピンク髪の女性にこれがいかに詐欺じゃないかを熱弁され。

 ネットの評価と店を見て、どうやら女性の言っていることは間違いないとわかった。


「それならお願いします」


「マジっすか⁉ スマホの使い方をおじいちゃんに教えるくらいめんどかったっすけど、お兄さん獲得はマジデカいっす! よっしゃー!」


 さりげなく失礼なことを言われつつ、女性に連れられて美容院に入る。


 いかにも都会にあるような、オシャレな店内。

 観葉植物が差し込んだ光に照らされて瑞々しく輝いており、ルームフレグランスのいい匂いが漂っていた。


 背筋が伸びるような美容院。

 美容師も客も、全員キラキラと輝く都会の人って感じだ。


「ミサミサさん! A5ランク松坂牛連れてきたっす!!!」


 え、それってもしかして俺のこと?


 困惑していると、店の奥にいた女性が俺の方を見て驚いたように目を見開いた。


「ッ!!! これまで美容師やってきて一番の衝撃だよ……マナミ! これでアンタも一流のハンターだね!」


「はいっす!!」


 美容師らしき人と楽しそうに肩を組むピンク髪の女性。

 ……もしかして、いかにも田舎者のカモがやってきたって喜ばれてる?


「ささ、こちらへどうぞ」


「あとは、よろしくっす☆」


 ピンク髪の女性とバトンタッチし、美容師が俺を席に案内する。

 店内を歩く。

 すると髪を切っていた美容師、切られていた客が手を止め、俺を目で追った。



「嘘、カッコいい……!」

「マナミがあんなカットモデル連れてくるなんて……」

「……彼氏に欲しいんだけど」

「超タイプ……」



 もしかしてこの店、客もグルになって俺をカモろうとしてるのか?

 じゃないと彼氏に欲しいとか言わないだろ。


 どんどん不信感が募る中、席に座らされる。

 美容師は椅子の背もたれにガッと手を置き、ワクワクした様子で訊ねてきた。


「で、どうする? どういう感じにしたい? たぶんお兄さんなら何でも似合うよ!」


「えっと……」


 店に入ってしまったのだ。

 もう「やっぱり辞めます」と言って退店はできない。

 そんなことすれば、バックヤードから屈強な男たちが出てくるに違いないし。


「その、引っ越してきたばかりで、新学期からこっちの高校に通い始めるんですけど」


「え、高校生なの⁉」


「一応、この春から高校二年生です」


「ま、マジか……何この勝ち組高校生活が約束されたようなイケメン」


「え?」


 早口すぎてよく聞き取れなかったが、早いとこ要望を伝えてしまおう。


「大体はお任せで、都会っぽい感じでお願いします」


「え、都会っぽい?」


「ド田舎から出てきて、今まで祖母に髪切ってもらってたんで……せめて、髪型くらいは都会のドレスコードに合わせないと人権剥奪されそうだなって」


「……ふぇ? (さっきから何言ってんの、この子。ってか祖母に髪切ってもらってたって言ってた? ……え? こ、このイケメンさで⁉ おいおいマジですか……美容師人生で最もやりがいしかない子現れたんだけど! いや、ここまで来たら何でも似合うから逆にやりがいゼロか……そんなの知るか!)」


 美容師が店を出ようとしていたピンク髪の人を見て、興奮したように言った。


「マナミ! 今日の夜、私がラーメン奢る!!」


「マジっすか⁉ チャーハンつけてもいいっすか⁉⁉」


「瓶コーラもいっちゃいな!」


「ミサミサゴットっす~!!!」


 両手を上げて、はしゃいだ様子で店を出て行くピンク髪の女性。

 ……こ、これが都会のノリ?

 ダメだ、絶対について行けない。


「ま、とりあえず全部私に任せて。セットの仕方までちゃんと教えるから」


「は、はぁ」


「じゃあ、よろしく~」


 ワクワクした様子でハサミを手に取る美容師。

 俺はブルブルと震えながら、鏡をじっと見ていた。


 大丈夫だろうか……会計とか。



 

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