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無自覚ハイスペック男、ド田舎から都会の高校に転校したら大注目される  作者: 本町かまくら


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第37話 ふたりの世界


「お、お待たせ」


 猫谷さんが体操着を持って教室に入ってくる。

 着替え終わったようで、見慣れた制服に身を包んでいた。


「あ、あぁ」


 中途半端な反応しかできない。

 

 確かにさっき、お互いに着替え終わったら教室で集合と約束した。 

 だけど、こうして待ち合わせしてみると妙に気恥ずかしい。


「…………」


 猫谷さんも同じことを感じているのか、所在なさそうに俯いていた。


(って、何変に意識してんだ俺は)


 ただお互いに、体操着から制服に着替えただけだ。

 それのどこに気恥ずかしいとか、意識する要素があるんだ。


 そう必死に自分に言い聞かせるも、やはりいつもより胸の鼓動がうるさい。

 俺は誤魔化すように立ち上がり、鞄を肩にかけた。


「じゃあ行こうか」


「……うん」


 教室を出る。


 猫谷さんは俺の一歩後ろを歩いていた。

 俺たちの間に会話はなく、静かな時間が流れる。


(やっぱり、強引すぎたか?)


 猫谷さんの背中を押すつもりであの時、猫谷さんの手を握った。

 しかし、よくよく考えればかなり強引な行動だったように思う。


 猫谷さんも反応に困ってる感じだったし。

 もしかして嫌だっただろうか?

 俺が猫谷さんの手を引いたから、無理についてきてくれてるんじゃないか?


 いや、でも猫谷さんだったら、本当に嫌ならきっぱり断るだろうし……うーん、わからない。

 でもやっぱり、猫谷さんを嫌な気持ちをさせないことが一番だし……ど、どうすれば。



 ――きゅっ。



「……え」


 ほんの少しだけ体が後ろに引かれる。

 服の袖を摘ままれていると気が付いたのは、その少し後で。


 さらに数秒経って、猫谷さんが俺の服の袖を掴んでいることがわかった。


「猫谷さん?」


 声をかけるも、猫谷さんは俯いたまま何も答えない。

 不思議に思っていると、猫谷さんの手が徐々に下に降りていった。


 やがて俺の手のひらに触れると、限りなく優しい力加減で俺の手を握った。

 やんわりと、降り解こうとすれば簡単に離れてしまうような力。


「猫谷、さん?」


「……握らせてほしい」


「え?」


「まだ勇気が足りないから、握らせて? ……桐生くんの、手。さっきみたいに」


「っ!」


 猫谷さんがちらりと俺を見る。

 上目遣いな猫谷さんの瞳が俺の心を鷲掴みにした。


 ドキリと心が跳ね、沸騰するみたいに体が熱い。


「……ダメ、かな」


 猫谷さんの手の力が弱まっていく。

 俺は慌ててふにっと柔らかな手を握り返した。


「ダメじゃない」


「そっか……ありがとう」


 猫谷さんが俺に半歩近づき、その距離感で歩いていく。

 

 放課後の学校に、人の気配はない。

 体育祭の熱気がわずかに残っていて、ほんのりと温かかった。


 ――まるで世界に二人だけしかいないみたいだ。


 猫谷さんと手を繋ぎながら、そんなことを思った。










 下駄箱で靴を履き、昇降口を出る。


 すでに夕陽は沈みかけていた。

 どうやら随分と遅くまで学校にいたらしい。


 猫谷さんが俺から手を離す。


「ありがとね、桐生くん」


「いや、こちらこそ……」


 さっきまで猫谷さんと手を繋いでいた右手を見る。

 急に温もりを失った手のひら。


(どうしてだろう。こんなに寂しいと思うのは)


 別に一人じゃないし、寂しい要素なんてないはずなのに。


「桐生くんの手、大きいから安心感あるね」


「そうか?」


「うん。私の倍くらいありそう」


「倍あったら逆に怖いだろ」


 絵的にも怖い。自分的にも。


「たぶん桐生くんなら、私の手なんて簡単に握りつぶせちゃうんだろうなって思った」


「それでよく安心感抱けたな。普通身の危険が勝るだろ」


「桐生くんは私の手、握りつぶしたりしないでしょ? ……はっ。もしかして、握りつぶそうとしてた?」


「するわけないだろ。俺は普通の人間だし、都会が怖いような小心者の田舎者だよ」


「ふふっ、そっか」


 クスクス笑う猫谷さん。


 全く、冗談にせよ少しでもやりそうだと思われているなら嫌すぎる。

 あと、握り潰せるほど握力はない。


「あ、そうだ」


 猫谷さんが何かを思い出したかのように声を上げ、俺の前に出ていく。

 やがてくるっと踵を返すと、俺のことを見た。


「猫谷さん?」


「言い忘れてたんだけど」


 夕陽を背に、猫谷さんが微笑む。

 それはまるで、映画のワンシーンみたいだった。




「リレーの時の桐生くん、カッコよかったよ」




「っ⁉」


 猫谷さんの言葉が、夕陽と共に心に差し込んでくる。


「これだけはちゃんと言っておこうと思って」


「えっと……」


「あのときの桐生くんはほんと、物語の主人公みたいだった」


 頭がかき乱され、混乱する。

 今俺の中で何が起きてるんだ?

 

 激しく動揺していると、猫谷さんは風に揺れる髪を押さえながら言った。







「桐生くんはやっぱり、すごいんだね」







「っ!!!」


 なんだ……これ。


「ふふっ」


 上機嫌な猫谷さんから目が離せない。

 そのすべてが絶対に忘れまいと、無意識のうちに記憶されていく。


 ……なんだ、これ。



(なんだこれ……なんだこれ⁉)



 なんですかこれは⁉


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