第33話 都会のプレッシャー
坊主アンカーが足首を押さえてのたうち回る。
入場ゲート付近は騒然としていた。
「「「卓也ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」
駆け寄る生徒たち。
坊主アンカーは顔を歪め、起き上がる様子もない。
「大丈夫か⁉」
「やっちまった……俺にはわかんだよ。大舞台を何度も乗り越えてきた俺には、これがどんだけヤバい状況かってことをな……」
「いいから一回黙れ!」
生徒が坊主アンカーの足首の状態を確認する。
靴下を脱がせると、右足首が大きく腫れていた。
「なっ……! この足じゃ、とてもじゃないけどアンカーなんて……」
「すまない……本当にすまない……!」
どうやら赤組のアンカーが負傷し、出場できない状況らしい。
となると、今すぐにしなければいけないのは……。
「どうするんだ。卓也の代わりのアンカーは」
「こうなったら、三年D組のやつに……」
「――ちょっと待て」
「卓也……」
肩を借り、何とか立ち上がった坊主アンカー。
その目はまだ諦めていなかった。
「アンカーの代役に相応しい奴がいる」
「相応しい奴だって⁉ そいつは一体……」
坊主アンカーがふっと笑い、俺の隣に立っている男子生徒を指さした。
「坂本、お前だ」
「「「「「な、なんだって⁉」」」」」
さっきからなんなんだこれは。
変にドラマチックに演出しようとしてないか?
「お、俺……ですか?」
「あぁ、そうだ」
「どうして一年なんだよ! 今の状況わかってんのか⁉ 俺たち赤組はこの組対抗リレーで勝たないといけないんだ! じゃないと体育祭の総合優勝が……」
「だからこそだよ。俺は知ってるんだ。坂本が中学時代、陸上部で全国区の選手だったってことをな」
「「「「「ぜ、全国区の選手⁉」」」」」
都会の人ってノリいいんだな。
「あぁ、大舞台を経験した俺だからこそ知って……」
「それが本当なら坂本以外に適任はいない!」
「むしろ真のアンカーは坂本だろ!」
「卓也なんて地区予選敗退レベルだしな!」
「何が大舞台だ!」
「……泣いていいか?」
泣いていいと思う。
「そうなのか坂本!」
「……はい。でも中学の頃の話で、事務所に入ってからは全く……それに、こんな大事な体育祭で、一年の俺がアンカーなんて……」
俯く坂本。
すると坊主アンカーが、坂本の肩にポンと手を置いた。
「気楽に走ればいい。俺たちのことは気にするな。お前が唯一考えるべきなのは、自分のベストを尽くすことだけだ」
「っ! たく……た……卓磨先輩!」
「卓也だ」
がっしりと握手を交わす二人。
どうやら赤組のアンカーは坂本になったらしい。
……なんだったんだろうか、今の一連の流れは。
困惑していると、坂本が俺に力強い目を向けてきた。
(この感じ、また男としてどっちが優れてるのか、勝負を挑まれるんじゃ……)
「桐生先輩。この組対抗リレー、絶対に負けません」
やっぱり、こないだの勝負の続きを……。
「だって俺は、三年の先輩方の思いも背負ってるんですから」
「っ!」
そういえば坂本、さっき体育祭は私物化できないとか言ってたよな。
猪突猛進なように見えて、意外に線引きはしっかりしているみたいだ。
なんて感心していると、
「ま、これで勝った方が真に男として優れてるってことですけど!」
だからなんなんだよそれは……。
組対抗リレーが始まった。
最終種目でかつ総合優勝が懸かった大一番ということもあって、会場の盛り上がりはピークに達している。
俺は自分の走順を待ちながらも、必死に祈っていた。
(できればぶっちぎりで勝っていてくれ)
もし競り合った状態なんかで来た場合、俺にかかる重圧があまりに重すぎる。
そもそも今の状況はこれまでの人生の中でダントツで注目度が高く、普通に怖い。
この中を今から俺は、色んな人の期待を背負って走らなければいけないのか。
もし負けたりしたら……俺の都会での生活は終わってしまうかもしれない。
サッカーチームのサポーターの暴動とかテレビで見たことがあるし。
せっかく運よくここまで上手くいってるのだから、何とか今の生活を死守したいところだ。
……と、思っていたのだが。
(めちゃくちゃ競ってる、だと……?)
レーンに立ち、バトンを待つ。
白組と赤組はほぼ横並びの状態だった。
「白黒はっきりつけましょう……いや、ここで言うなら白赤ですかね」
坂本は随分と余裕そうだし。
さすが、これが都会での経験値の違いか。
「桐生先輩頑張れー!」
「キャー! 桐生くんカッコいい!!」
「坂本くん勝ってー!」
「坂本くんこっち見て~!!!」
「桐生くーん!!!」
「ヤバい! 二人ともカッコよすぎるんだけど!!」
「イケメン対決すぎるでしょ!」
「どっちが勝つんだろうね!!!」
注目度や校庭の熱気がさらに上がっていくのを感じる。
しかし、俺はあまりの圧に頭が真っ白になっていて、観客の声援が聞こえていなかった。
バクバクと心臓が鳴っている。
「桐生、ぶっちぎってくれ!」
「坂本、後は頼んだ!」
遂にバトンがアンカーに渡る。
「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」
大盛り上がりを見せる体育祭。
ド田舎のときには想像もしえなかった、非現実的な空間の中に今、俺はいる。
まだ都会に一ミリくらいしか慣れていない俺が。
つい最近、ド田舎から出てきたばかりの田舎者が。
「おりゃあああああああああああああああ!!!」
坂本が凄まじい勢いで俺の前に飛び出していく。
「「「「「キャーーーーーーーー!!!!」」」」」
沸き起こる歓声。
それがさらに俺のプレッシャーとなって、体に重くのしかかってきた。
なんだこれは……。
というか坂本、速すぎないか⁉
田舎者、大都会の青春ド真ん中イベントの体育祭で完全に委縮する。
(これが都会に呑まれるってやつか……)




