第32話 体育祭
あれよあれよという間に時は流れ……。
今日は通常授業がない特別な日。
そう――体育祭である。
「いっけー赤組~!!!」
「白組負けんなよー!!!」
グラウンドに全校生徒が集まり、陸上のレーンの周りに座って競技を観戦する。
現在は一年生の学年種目、クラス対抗長縄跳びであり、二年生の俺と秋斗と波留は待機席に座っていた。
「おぉー、白組いい感じじゃね?」
「うんうん、よく跳んでるっ」
白いハチマキを巻いた秋斗と波留が上機嫌に微笑む。
しかし、俺はというと……。
(都会の体育祭、規模も熱気も半端じゃないな……)
普通に気圧されていた。
ド田舎にいたときは当然、ここまで盛大な体育祭なんてなかったし。
だってそもそも、同級生俺含めて三人だし。
(実たちにあとで写真送ろう)
なんてことを思っていると、「キャー!」という黄色い声援が聞こえてきた。
「坂本くん頑張ってー!」
「ヤバい、超カッコいい!!!」
「キャー! 頑張れー!」
女子生徒の視線を一手に集める、長縄を回している赤組の坂本。
確かに一年生の中で一際別格なオーラを放っていた。
「坂本、か」
「あぁ、旭がボコボコに打ちのめしたあの」
「圧倒的に完敗しちゃった、ちょっと変な子だよね」
「言い方言い方」
別にボコボコにしたつもりないから。
確かに、勝負には勝ったけど。
ちなみに、あれから坂本に直接的に絡まれることはなかった。
よほど参ったのか、勝負の後はすぐさま帰ってしまったし。
が、あれ以降度々坂本から視線を感じることがあった。
どうやらあの勝負を根に持たれてしまったらしい。
本当にいい迷惑だ。いや、ただの悪い迷惑か。
(ま、ただ猫谷さんが好きすぎるだけの人っぽいけど)
ふと、俺たちから少し離れた場所で涼んでいる猫谷さんを見る。
猫谷さんは長袖ジャージをきっちり上まで上げて、一人ちょこんと体育座りしていた。
そんなありふれた様が、猫谷さんの場合はあまりにも絵になっていた。
明らかに猫谷さんの周りの雰囲気だけが他とは違っている。
実際、猫谷さんの周囲に人はいなくて、みんながチラチラと猫谷さんを見ているだけ。
声をかけたくてもかけられない。きっとそんな感じだ。
――私、人付き合い苦手だから。無意識に逃げちゃうの。そしたらいつの間にか一人が楽になって、楽が好きになってた
ふと思い出す、ラーメン屋の帰りに猫谷さんが言っていたこと。
「……ごめん秋斗、波留。俺ちょっと」
立ち上がったそのとき。
「「「桐生先輩!!!」」」
「……え?」
声をかけられ、振り返る。
そこには女子生徒が数人いて、俺をキラキラした目で見ていた。
いつの間にか俺の前にちょっとした人だかりができている。
えっと……なんでだ?
「桐生先輩! 私と写真撮ってくれませんか?」
「え? 写真?」
「私も撮ってください!」
「私も私も!」
「お願いします!!!」
「えっと……」
困惑していると、人だかりを見つけた、通りかかった女子生徒たちが、
「ねぇ、あれ桐生くんじゃない⁉」
「嘘⁉ こんなところにいたんだ!」
「ちょうどいいし私たちも撮ってもらおうよ!」
「話しかけるチャンスじゃない⁉」
「ラッキー!!」
「今行かないともったいないって!」
さらに集まり、人数がどんどん増えていく。
「桐生先輩! 猫谷さんと付き合ってるってほんとですか⁉」
「最近もよく話してるところ見ますし!」
「親への挨拶も済ませたって……」
「こないだのテスト一位だったんですよね⁉」
「頭もいいってほんとすごすぎます!」
「事務所とか所属してないんですか⁉」
「坂本くんと仲いいってほんとですか⁉」
「組対抗リレー走るんですよね!」
「私、桐生先輩の大ファンで……!」
凄まじい圧を感じる。
これはとてもじゃないが、俺だけじゃ対処できない。
だってド田舎にいたときはこんなこと当然なかったのだから。
助けを求めようと、秋斗と波留の方を見る。
しかし、
「久我先輩! 写真お願いします!」
「え、犬坂さん写真いいんですか⁉」
「うわ、顔よすぎる……」
俺と同様に、いつの間にか囲まれている二人。
しかし、二人は慣れているのかさりげなく対応していた。
さすが都会の人気者……経験値が違いすぎる。
「桐生先輩!」
「桐生くん!」
「桐生ー!!!」
「旭さん!」
「桐生さん!」
「桐生くん!!!」
「えっと……」
いつの間にか人だかりは数人規模から数十人規模に膨れ上がっていた。
だ、ダメだ……誰か……。
ふと、視線を逃がそうとして猫谷さんの方を見る。
ちょうど猫谷さんも俺の方を見ていたようで、目が合った。
「…………」
猫谷さんがじっと俺を見て、こっそり言うみたいに口パクする。
「(が・ん・ば・れ)」
クスっと笑うと、猫谷さんが立ち去っていく。
(が、がんばれってどういう意味だ……)
ダメだ、わからないことが多すぎて頭がくらくらしてきた。
「ねぇ、今見た⁉」
「猫谷先輩、なんか言ってなかったか⁉」
「二人だけの会話的な⁉」
「ヤバ! 絶対付き合ってんじゃん!」
「お似合いすぎるでしょ!」
火に油を注いだみたいに、さらなる盛り上がりを見せる待機場所。
俺はというと、ただひたすらに苦笑いすることしかできないのだった。
これが都会でなんとか生きる田舎者の限界である……。
そして体育祭のプログラムは淡々と進んでいき。
白組リードで迎えた最終種目の組対抗リレー。
実は体力測定で計った50m走のタイムにより、俺はクラス代表に選ばれていた。
それだけでも手一杯なのに、白組は学年関係なく一番早い人がアンカーをする作戦を取っており、なんとそこでも俺が一番。
つまり、俺はこの体育祭の大一番で、最も重要なアンカーを任されていた。
(意味が分からない……)
都会って場所にすら慣れていない俺が、こんなに人が見ている中で走るなんて。
怒号を飛ばされたりしないだろうか。
田舎者が神聖な都会のレーンを走るなって。
……いや、そんなこと言われないと思うけど。
「桐生先輩も走るんですね、組対抗リレー」
「あ、坂本」
坂本が赤いハチマキを巻きながら隣に並ぶ。
「坂本も走るのか?」
「はい。一年のクラス代表として。……でも、残念ながらアンカーじゃありません。つまり……」
「つまり?」
「桐生先輩と直接対決できないということです……くっ! 男としてどちらが優れているのか、決定する最もいい舞台だったのに……!」
まだ言ってるのか、それ。
「でも、仕方ありません。体育祭はみんなのもの。私物化するなんて、そんなことできませんから」
「坂本……」
「まぁ、組全体としても絶対に負けませんが! それによっては、どっちが優れているのかポイントに加算も十分ありえますけど!」
「あははは……」
なんてことを話していると、俺たちの後ろでアンカーのビブスを着た生徒がジャンプをしたりして体を動かしているのが目に入った。
丸坊主に鍛え上げられた肉体。
どうやらあの人が赤組のアンカーらしい。
「おいおい卓也。始まる前に体動かしすぎるなよ?」
「大丈夫だよ。だって俺は幾度となく大舞台を乗り越えてきたんだぜ? この丈夫な肉体でよ? だから、こんなところでヘマをするような奴じゃな……」
――グキ。
「「「「「…………え?」」」」」
足首を押さえ、地面に倒れ込む坊主アンカー。
「いっだぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」




