第31話 神は二物も三物も与える
放課後。
人もまばらな体育館で、腕をまくった坂本と対峙する。
俺の腕にはバスケットボールが収まっていて、目の前には赤いリングが我が物顔で鎮座していた。
「なんだ、これ」
「よかったな。今日は体育祭関係で部活なくて、コート空いててさ」
「ラッキーだね!」
「俺の質問を流さないでくれ」
得点板の前で、ホイッスルを首から下げている秋斗と波留。
隣のコートでは男子生徒数人がバスケをしており、何とも緩い雰囲気が流れていた。
「絶対に負けないですよ……」
しかし、坂本からはピリついた空気を感じる。
どうやら俺は、今から坂本とバスケ対決をするらしい。
坂本がディフェンスの位置にいるということは、1on1ってやつか。
「見ててくださいね、猫谷先輩! 必ずや俺が桐生先輩に勝って、男として優れていることを証明してみせます!」
「これで証明になるのか?」
バスケで勝った方が男として優れている、という判断基準が全く理解できない。
小学生とかだったらわかるけど……いや、都会ってスポーツ出来たら優れてるっていう文化が小学生から未だに継承されているのか?
だとしたらあまりにも変すぎるだろ、都会って。
「……バスケ?」
秋斗と波留の隣にいる猫谷さんも首を傾げる。
たぶん、今の状況に全く追いつけていないのは俺と猫谷さんだけだろう。
「これより、一年生芸能人イケメンの坂本と、注目の二年生転校生、桐生のスポーツ対決を始める!」
「始めるっ」
「は、始める?」
「始めましょうッ!」
「お、おー?」
やはり腑に落ちない。
どうして今から、意味も分からず宣戦布告された一年生とスポーツするんだ……。
「それでは――始め!」
秋斗が勢いよくホイッスルを鳴らす。
「さぁ来いやァアアアアアアアアアア!!!」
気迫が凄まじい坂本。
……本当に何が何だかわからない。
ただ、坂本が本気で勝負に挑む姿勢を見せている以上、俺が放棄するのはなんだか申し訳ない気がした。
とりあえず坂本と1on1すればいい。
細かいことは後にして、今は目の前の勝負に集中するとするか。
「しゃあああああああああ!!!」
……でも俺、バスケド素人なんだけど?
果たしてちゃんと対決になるだろうか……。
――五分後。
リングに収まったボールが地面に弾み、やがてコロコロと転がっていく。
波留が口を開けたまま、ゆっくりと得点の札を10にした。
「げ、ゲームセット」
ガクリと膝から崩れ落ちる坂本。
「おいおい、嘘だろ?」
「今の見たかよ」
「プロレベルの身のこなしだったよな」
「うっま」
「なんでバスケ部いねぇんだよ、アイツ」
「……俺、バスケやめるわ」
「なんか恥ずかしくなってきたな」
さっきまで隣のコートでバスケをしていた生徒たちが、何故か体育館から出て行く。
10対0。
10対0で、俺は坂本に勝利した。
「そ、そんな……こんなに実力差があるなんて」
ぷるぷる震える坂本の額から汗が零れ落ちる。
一方俺は全く汗なんてかいておらず、何なら息すらも切れていなかった。
……気づいたら終わっていた。
あれ? バスケってこんなに呆気ないものだったのか?
「おいおい旭……お前、バスケ経験者だったのか?」
「いや、やったことなんてほとんどなかったけど」
ド田舎に公園とかなかったし。
「でもこんなに圧倒的に勝っちゃうことある? 旭くんが打ったシュート、ほとんど入ってたし……」
「ま、まぁバスケって簡単に言ったらリングにボール入れる競技だし」
「それが難しいから世界的に人気なんだろうが」
確かに、バスケって競技人口が多いイメージがある。
テレビとかで日本代表? が試合しているのを見たことがある……気がする。
「桐生くん、すごいね」
「あはは……そんなことないと思うけど」
一般的に、そんなにシュートが入りづらいなら俺の運がよかっただけだろう。
ほとんどやったことない俺が上手いはずがないし。
「っ! ……負けませんよ」
「え?」
「次は負けませんから!」
跪きながらも、力強く俺を見てくる坂本。
「次もあるのか……」
その後、秋斗と波留審判の下、卓球にサッカー、テニスに野球と勝負をし……。
バッドをグラウンドに落とす坂本。
「ぜ、全部負けるなんて……しかも、一切勝ち筋が見えないほどに、圧倒的に……」
坂本が絶望する。
「スポーツ五番勝負、五勝で旭の勝ち!」
「圧倒的だったね。……普通にちょっと引いたよ」
「え?」
勝手に勝負させられて、勝手に引かれてないか? 俺。
あと、五番勝負なのになんで三勝した時点で勝負が終わらなかったんだ。
何も知らされていないから、もっと対決があるんだと思ってたぞ。
「くそっ……俺は圧倒的敗者だ……! 桐生先輩がここまでスポーツできるなんて……自信あったのに」
悔しがる坂本。
勝負が終わった? らしいが、それでも何が何だかわからない。
しかし、坂本は顔を歪めながらも、まだ諦めてはいなかった。
「スポーツじゃ絶対に敵わない……けど、ここまで顔がよくて運動神経抜群だと、さすがに勉強はできるわけがない。そうだ! そうに違いない!」
坂本が立ち上がり、俺をズバッと指差す。
「桐生先輩! こないだのテストの順位、何番でしたか⁉」
「えっと……一位だった、けど」
「…………え? 一位?」
「しかも全教科満点だったんだよね! 転入試験に引き続き恐ろしいよ」
「普通に引いたよな。今日の対決も含めて」
「だから勝手に引かないでくれ」
「すごいね、桐生くん」
「あ、ありがとう」
なんだか猫谷さんにストレートに褒められると気恥ずかしい。
なんてことを思っていると、坂本がまたしても力なく膝から崩れ落ちた。
口から魂が抜けていく。
「べ、勉強もできるのかよ……俺より男として優秀すぎる……」
だから絶対、男として優秀って判断基準がおかしい。
これってたぶん、都会全体じゃなくてこの一年生だけがおかしいんだよな。
いや、絶対そうだ。
「あぁ……」
力ない声が漏れる坂本。
どうやら俺は、またしても不思議な人に出会ってしまったらしい。
やっぱり都会って、あらゆることが想像の斜め上すぎて怖いな……。




