第26話 真っ直ぐすぎる
猫谷さんが俺の隣に座っている。
しかも正面には秋斗と波留がいるからか、変な感じがした。
思えば猫谷さんと話すときは二人きりのことが多かったし、二人の口数が極端に少なくなっているのも理由の一つだと思う。
「今日は髪、一つにまとめてるんだな」
「気分でね。似合ってない?」
「いや、似合ってると思う。いつもは下ろしてるけど、今日はなんだか新鮮というか……ごめん、あんまり言葉が出てこなくて」
「いいよ。むしろありがとう。桐生くんの言いたい事伝わったし」
「そっか、助かる」
女子の変化については触れるように母さんから教育されていたが、上手な触れ方が未だによくわかっていない。
こういうところで如実に経験の無さが出るんだよな。
きっと秋斗や山田たちならさりげなく言えるのだろう。
「桐生くんの私服もいつもと違う感じする」
「変か?」
「ううん、全然。シンプルな感じが桐生くんっぽいなって思う」
「よかった。都会に出てきて慌てて服買ったからさ」
まぁ全部、店員に勧められたものを買ったんだけど。
そういえばあの時、何故か女性店員三人がかりで、二時間もかかったんだよな。
色んな洋服着させてもらったし……そんなに難しかったんだろうか、俺に似合う洋服を見つけるのが。
「「…………」」
水を飲んで誤魔化しながらも、やはり気になって仕方がない。
目の前に座る二人の、妙に生暖かい視線。
猫谷さんは何故か完全に俺に体を向けていて、三人からの視線を一手に集めていた。
おしぼりを手に取り、妙な居心地の悪さを紛らわすように手を拭く。
「そ、そんなぁ……」
ふと厨房に目を向けると、またしても店員が俺の方を見ていた。
しかも何故か悲しそうに、今にも泣きそうにタオルを握りしめている。
「どれだけ美容にお金をかけても、若さには勝てない……! あぁ……私、いつになったら結婚できるんだろう……うぅ」
「麻里さん! 追加オーダーが……」
忙しなく手を動かす他の店員が、その店員を見て手を止める。
やがてそっと肩に手を置くと、
「……麻里さん、きっと他にもいい出会いありますよ。麻里さん美人ですし」
「そうよね……そうじゃないと人生おかしいものね……」
「で、麻里さん。三番テーブルで追加オーダーです」
「…………うん」
涙ぐみながらフライパンを手に取る店員。
い、今のは何だったんだろうか……。
「できた」
横から小さな呟きが聞こえてくる。
テーブルには箸の袋になっていた紙が、小さな星になっていた。
「すごいな……これ、猫谷さんが作ったの?」
「うん。小さい頃からの癖で」
「へぇ」
感心している間にも、正面からの視線がやはり気になって仕方がない。
「「…………」」
「……なんで黙ってるんだ?」
「「……別にぃ?」」
だから別になわけないだろうが。
ラーメンを食べ終え、名残惜しそうに店員に見送られると、俺たちは店を出た。
涼しくなった夜風がそっと頬を撫でる。
「美味しかったよ、深夜ラーメン」
「それはよかった! また誘うね!」
「ぜひ」
食後だったにもかかわらず、ラーメン一杯はぺろりと食べられた。
スイーツと同じで、もしかしたらラーメンは別腹なのかもしれない。
「じゃ、また学校でな。猫谷さんも」
「……うん、学校で」
秋斗と波留と別れ、猫谷さんと帰路を歩く。
ド田舎だったら、この時間だと明かりはほとんどなくて真っ暗で、人気なんて一切なかった。
本当に静かで、虫の音や木々の葉が揺れる音がどこからか聞こえてくるだけ。
しかし、都会の夜は普通に明るくて、人の気配がどことなく感じられた。
まるでまだまだ夜は長いと言ってるみたいだ。
「桐生くんはすごいね」
「え?」
あまりに唐突の言葉に、思わず聞き返してしまう。
「あの二人とこんなすぐに仲良くなるなんてさ」
「そんなことないよ。俺がすごいんじゃなくて、あの二人がすごいだけだからさ」
俺はただ二人の船に乗せてもらっているだけだ。
気づいたら仲良くなっていて、今日だって誘ってもらっただけ。
気に入ってもらえたのは嬉しいが、仲を深められた要因のすべてが俺にあるとは到底思えない。
「仲良くなるには、片方がすごいだけじゃ無理だよ。どっちもすごくて、やっと仲良くなれるんだと思う」
「猫谷さん……」
猫谷さんが俺の横を小さい歩幅で歩く。
「私、人付き合い苦手だから。無意識に逃げちゃうの。そしたらいつの間にか一人が楽になって、楽が好きになってた」
「そう、なんだ」
猫谷さんがふっと頬を緩ますと、俺を見上げた。
「でも、今日は楽しかった。桐生くんとばっかり話しちゃったけど、同級生四人で何か食べるなんて、初めてだったから」
「っ!」
猫谷さんの少し羨ましそうな、遠くを見るような表情。
見れば見るほど、「言わなきゃ」という衝動が増していく。
気づけば俺は立ち止まっていた。
「桐生くん?」
猫谷さんが振り返る。
俺たちの横を車が通りすぎていった。
音は遠ざかり、人もいない都会の道に静けさが広がっていく。
首を傾げる猫谷さんをじっと見ると、何の抵抗もなく言った。
「俺は猫谷さんほど魅力的な人はそういないと思う。だから、誰だって仲よくしたいよ、猫谷さんと」
「…………っ⁉」
頬を真っ赤に染めた猫谷さんが俺を見て固まる。
「えっと……その……」
「俺にできることがあれば何でもするよ。何だったら、俺からでも仲よくしてほしい。むしろ仲よくしたい」
「っ! …………はぅ」
「え?」
「…………」
猫谷さんが俯き、俺に背中を向ける。
「ね、猫谷さん?」
「…………」
……あ、あれ?
俺、何かマズいこと言ったか?




