第23話 深夜ラーメン
四月が終わり、都会に来て初めての五月がやってきた。
学校にもかなり慣れてきて、今日は二日間に渡ったテストの最終日。
シャーペンを置いたその瞬間、チャイムが鳴り響いた。
「ペンを置いてください。解答用紙は、最後尾の人が集めて……」
先生の説明を聞きながらも、クラスメイトたちは思い思いに息を吐き、わらわらと話し始めた。
一気に教室内の空気が緩む。
「お疲れ、旭」
「秋斗もお疲れ」
「私もお疲れ! いや~、長かったね~」
隣の席の波留が、最後尾の人に解答用紙を渡しながら言う。
やはりテストが終わったからか、その表情は明るかった。いや、いつも明るいか。
「ってか、新学期一発目のテストにしてはむずくなかったか?」
「わかる! 時間ギリギリまで解いてたし、最後の方は正直わかんなくて適当に書いちゃったところあるよ~」
「周りの反応見る限り、やっぱむずかったみたいだな」
秋斗が周りを見渡す。
確かに秋斗の言う通り、テストが終わったにも関わらず浮かない表情をしている生徒が多い。
中には当然、「とにかくテストから解放されたんだから何でもいい!」というある意味無敵の人もいるけど。
「今回も順位張り出されるんだよね?」
「え、そうなの?」
「うちの学校は進学校だからな。競争心煽るためにほとんどのテストは廊下で順位張り出すんだよ。そんときの廊下は結構カオス」
「毎回すごいよね……」
「へぇ、そうなのか」
もちろんド田舎にいたとき、順位の張り出しなんかなかった。
そもそも同級生、俺含めて三人しかいなかったし。
自動的に全員表彰台だ。
「ほんと、新学期最初なんだからもっと簡単にしてくれればいいのにね」
「これじゃ自己肯定感下がるよな」
項垂れる波留と秋斗。
「あははは……」
しかし、俺は苦笑いしているしかなかった。
なぜなら……。
(俺的には結構簡単な気がしたんだけど……)
正直、二十分くらい時間余ったし。
普段沙也加先生に特別に出されていた問題よりは全然解きやすかった。
でも、都会の方が絶対勉強のレベルは高いだろうし……。
(はっ! もしかしてこれは……マラソン一緒に走ろう! と同じ理論か⁉)
聞いたことがある。
都会のマラソン大会では、一緒に走ろうと言っておきながらスタートダッシュを完璧に決め、仲間を置き去りにするという非人道的な行為が存在すると。
それは勉強にも言えることで、「全然勉強してないわー」「マジ全然わかんなかったわ」と言っておきながら、実際はめちゃくちゃ勉強してるし、めちゃくちゃできたというとんでもムーヴ。
(都会ではそれが当たり前なのか……)
俺だけが特別できてるなんてありえない。
きっとみんなこのムーヴをかましているんだろう。
また一つ都会の通例を知れたなと満足げに思っていると、波留が顔をバッと上げ、俺をまっすぐ見た。
「そうだ旭くん。今日の夜って空いてる?」
「え? 夜? この後とかじゃなくて?」
「そう、夜。夜じゃないとダメなの。夜にこそ意味があるの」
「一応空いてるけど」
「よしっ!」
波留が小さくガッツポーズを決める。
「アキくんは当然空いてるよね? バイトもないって今朝聞いたし」
「あぁ、空いてはいるけど……もしかして、またアレやるのか?」
「えへへ、もちろん!」
「ったく、波留は好きだなー」
「まぁね」
上機嫌に胸を張る波留。
秋斗もなんだかノリノリで、二人は仲睦まじく笑ってから俺を見て言った。
「今日の夜、駅前集合ね!」
――夜十時。
夕飯を食べ終えてゆっくりしてから、予定通り駅前へと向かう。
この時間にあまり外に出ないので、なんだか新鮮な気持ちだった。
大都会の夜は、昼と全然姿が違う。
灯りがキラキラと輝いていて、なんだか大人の気配がした。
(そろそろかな)
駅前にやってきて、二人を探す。
駅前には十時にも関わらずものすごい数の人が行きかっており、見つけられるかなと心配だったのだが……。
「なぁ、見ろよあの二人!」
「うわっ、すっげぇ美男美女!」
「誰か待ってんのかな?」
「デート帰りに決まってるでしょ!」
「芸能人?」
「女の子めっちゃタイプだわ」
「嘘……超カッコいい!」
周りの声を聞いて、その視線の先を辿る。
そこには案の定、いい意味で駅前という場所から浮いた二人がいた。
「あ、旭!」
「おそよう、旭くん!」
「お、おそよう?」
おはようの対義語だろうか。
よくわからないが、俺も「おそよう」と返しておく。
「こんだけ人いたら見つけづらいかと思ったけど、旭はすぐにわかったわ」
「ね! すっごい目立ってたし!」
「それを言うなら二人だろ……」
秋斗と波留が揃っているときの目立ち度は、誇張抜きでアイドル並みだ。
「じゃ、さっそくだけどいこっか」
「行くってどこに?」
「そういや、旭には言ってなかったな」
「ふっふっふっ……鮮度を大切にしたかったからね」
「鮮度?」
なんの鮮度だよ。
首を傾げていると、波留は自信満々に言った。
「行くんだよ……深夜ラーメンに!」
「し、深夜ラーメン⁉」
深夜ラーメンって……なんだ、それ。
♦ ♦ ♦
私はつい最近、ラーメン屋をオープンした新人店主。
ここ数年は仕事ばかりにかまけていて、全然恋が出来ていない。
年齢的にもそろそろ結婚したいし、親からの圧力もすごいし……。
友達からは「美人なのにもったいない!」と言われることも多いけど……自分に恋人ができない理由はわかっていた。
私の理想が高すぎるんだ。
でも、私の胸を一撃で射抜くような人がいい。
都会なら出会いも多いし、いくらでもいると思ってたけど……。
(難しいわね、やっぱり)
簡単には見つからない。
私にとっての運命の人が。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃい」
店に入ってくる男女二人組。
(うわっ、すっごい美男美女。カップルよね? いいなぁ)
男の子の方は強面な感じだけど、ちょっと危ない感じが女の子を狂わせそうな感じ。
女の子は正統派美少女って感じで、きっと男の子から引く手あまただろう。
なんともまぁ、お似合いなカップルだ。
「二名様で?」
「いえ、三人です」
三人?
ってことはこのカップルのほかに、もう一人……。
「ここが深夜ラーメンか……なるほど」
一人の男の子が暖簾をくぐってくる。
――その瞬間、私の心は見事なまでに打ち抜かれた。
「ッ!!!!!!!!!!!!!!」
嘘……!!
めちゃくちゃカッコいいんだけど……!!!!!




