第22話 やっぱり猫
コト、とテーブルに皿を置いたとき音が鳴る。
猫谷さんは運ばれてきたプレートを前に言葉を発さず、何故か固まっていた。
見た目があまり良くなかったかなと思いながら、猫谷さんの正面に座る。
「えっと……どうぞ」
そう言うも、猫谷さんは口を動かさない。
……もしかして、疑ってるのか?
このパンケーキに毒が入ってるんじゃないかって。もしくは睡眠薬。
そうか、ここは大都会――東京。
見ず知らずの男の料理に簡単に手を出さないほど警戒心が強くなきゃ、飲まれるような危険な……。
「す、すご」
「……え?」
「すごすぎるよ桐生くん。これ、ほんとに桐生くんが作ったの?」
「一応、そうだけど」
「……言葉にならないよ」
猫谷さんがじっとパンケーキを見つめる。
すごいと言ってくれたが、猫谷さんの様子が明らかにおかしい。
「ごめん、スイーツの気分じゃなかった? 晩御飯も近いし、食べ過ぎたらアレだと思って……」
「いや、気分とか吹き飛ぶくらいにすごすぎるよ。見ただけで食欲がちょっと満たされたところあるし」
「な、なるほど」
なるほどと言っておきながら、猫谷さんの発言がよくわかっていない。
……はっ! もしかしてキモかったか?
上京したばかりの田舎者が、出会った一か月のクラスメイトに手作りパンケーキを振る舞うなんて。
いや、改めて考えてみると気持ち悪すぎるな。
身の程をわきまえて、所詮自分は田舎者、だろうが。
猫谷さんを前にして、浮かれたのか俺は。
「猫谷さん。本当に、申し訳ございませんでした」
「え、どうして謝ってるの?」
「気分を害したのかなと思って」
「……たまに桐生くんって、意味の分からない角度で勘違いすることあるよね」
「え?」
猫谷さんは改まると、俺の目をまっすぐ見て言った。
「すごい美味しそうだよ。こんな見た目もオシャレなパンケーキを軽く作れるんて、桐生くんってすごいね」
「っ!」
あまりにもストレートに褒められて、思わず面を食らってしまう。
なんだ、俺褒められてたのか。
よくないマイナス思考を持ち込んでしまったが、全然悲観することなかったんだ。
ひとまずほっと胸を撫でおろす。
「ありがとう」
「じゃあ、いただきます」
猫谷さんがナイフでふわふわの生地に切り込みを入れ、キャラメルソースと絡めながらフォークで口に運び込む。
「っ! ……美味しい。美味しすぎる。美味しすぎた」
「もう過去に?」
「ほんとに美味しいよ、桐生くん。お店の味みたい」
目をキラキラと輝かせ、パンケーキを心底美味しそうに頬張る猫谷さん。
なんだか俺も嬉しくなって、つい話したくなってしまう。
「一応、前に母さんに連れていかれて食べたパンケーキを意識してみて……レシピとか知らないし、ほんとなんとなくで作ってみたんだけど、いい感じにできたみたいでよかったよ」
「なんとなくで作って、これ? ……桐生くんって天才?」
「ただの田舎者だけど」
「天才の返しが田舎者なのは別の意味での天才でもある気がするけど」
「?」
首を傾げていると、猫谷さんがもくもくとパンケーキを食べつつ、はたと手を止める。
「それにしても、こんなにカッコよくて料理ができて、その上チャラくもないなんて……」
じっと俺を見る猫谷さん。
やがてぼそっと呟いた。
「これから色んな女の子を泣かせそう」
「泣かせないよ⁉ むしろ泣かされる方だし……って、母さんにも同じこと言われたな」
どう見たら俺が女の子を泣かせるような、怖い奴に見えるんだろうか。
どっからどう見たって貧弱な、世の中を知らない若者だろうに。
「気を付けてね」
「わ、わかった」
よくわからなかったが、一応頷いておく。
猫谷さんは本当にパンケーキが美味しかったようで、あっという間に完食してしまうのだった。
その後、猫谷さんは母親からの連絡を受け、自分の家に帰っていった。
ちょうど入れ替わるように母さんも帰ってきて、俺が作った晩御飯を食べる。
いつも作るわけじゃないが、今日は猫谷さんに褒められ、やけに料理モチベが高かったのだ。
俺が料理をした代わりに、母さんが洗い物をしてくれることになり。
テーブルでコーヒーを飲みながらテレビを見ていると、洗い物をしていた母さんが「あれ?」と呟く。
「おやつのプレートが二枚出てるんだけど」
「……あ」
しまった。
洗うのを完全に忘れていた。
「もしかして、誰か家に来た?」
素直にクラスメイトが来たと言おうとして、はたと思いとどまる。
この調子で追及されれば、母さんに俺がクラスの女の子を家に連れてきたということがバレるだろう。
そうなれば母さんの性格上、あれこれ言ってくるに違いない。
それがわかっておきながら、料理の腕を褒められたことが嬉しくてつい隠蔽工作を忘れていた。
後悔にさいなまれながらも、ここから巻き返そうと誤魔化しの言葉を探す。
「いや、来てないけど」
「じゃあ何で二枚あんのよ」
「それは……お腹空いてて、パンケーキ二枚食べたから」
「ふぅん……そっか」
母さんは納得したように呟くと、洗い物を再開した。
どうやら何とか切り抜けられたようだ。
母さんに気づかれないようにほっと一息つく。
すると母さんがノールックでぼそっと言うのだった。
「……ちゃんとつけなさいよ」
「……え?」
何をつけるって?
「…………え?」
♦ ♦ ♦
翌朝。
いつも通りの時間に家を出て、エレベーターを待つ。
少し待ってからエレベーターがやってきて、乗り込もうとすると後ろから人の気配がした。
「あ、猫谷さん」
「おはよう、桐生くん」
猫谷さんと一緒にエレベーターに乗り込み、ドアが閉まる。
この時間に遭遇するのは初めてな気がする。
「昨日はありがとう。すごく助かった」
「いえいえ」
「それで、その……」
猫谷さんが肩にかけた鞄をゴソゴソと漁る。
やがて小さな袋を取り出すと、俺に渡してきた。
「昨日のお礼。桐生くんほど上手じゃないし、むしろお菓子なんて作ったことないけど……気持ちだけ」
ちょこんと俺の手のひらに乗せられる、紫色の袋に入ったクッキー。
作ったことがないと言いながら、中に入ってるクッキーの形はどれも綺麗で、包装も丁寧さが伝わってくるほど整えられていた。
なんだか猫谷さんの真面目な性格が見え隠れしてるみたいだ。
「ありがとう、猫谷さん」
「味は期待しないでね。ほんと、初めて作った、から……ほんとに」
そう念を押す猫谷さんの耳がほんのりと赤い。
照れているんだろうか。
そんな猫谷さんの姿に思わず気を取られていると、エレベーターが一階に到着した。
「……じゃ」
猫谷さんが逃げるようにエレベーターを降りていく。
なんとも既視感のある光景。
しかし、行ってしまったとは思っても、あの時と違って沈む気持ちはどこにもなかった。
俺もエレベーターを降り、もう一度猫谷さんからもらったクッキーを見る。
袋には一匹の猫のイラストがあって、思わず笑ってしまった。
「やっぱり猫なんだな、猫谷さんは」
高揚感を噛み締めると、鞄には仕舞わずクッキーをやんわりと持って歩き始める。
なんだか今日はもっとこの都会が好きになれそうな、いい一日なるような、そんな気がした。




