第20話 できたらいいねの恋
野性的本能を遺憾なく発揮した猫谷さんが俺をじっと見つめる。
相変わらず現実離れした、綺麗な顔立ち。
陰の落ちた体育館裏でも、猫谷さんの目と髪は光を反射してきらきらと輝いていた。
「なんで桐生くんがここにいるの?」
「っ!」
話しかけられ、思わずドキッとしてしまう。
「盗み聞きしてたわけじゃないんだ。俺も呼び出されてここにいて……」
しかし、自分から「告白されていた」なんて口が裂けても言えない。
口ごもっていると、猫谷さんは首を傾げながら言った。
「もしかして、告白?」
「うぐっ」
またしても鋭すぎるぞ、猫谷さん……。
「……ぷっ、ふふふっ。桐生くんって面白い反応するね」
「そ、そんな面白くないと思うけど」
「そう? 私は面白いと思うけど」
「ツボなんだもんな、俺」
「そう、ツボなの」
猫谷さんがクスクス笑う。
しかし、悪い気はしない。
「でもすごいな。同じタイミングに、同じ場所で告白されるなんて」
「そうだね。でも桐生くんはよく告白されるでしょ?」
「いや、されたことないけど」
「……謙遜?」
「ほんとだよ」
それにしてもよく告白されるってどういうことだ?
もしかして、猫谷さんから見ても……。
「どうして、そう思ったんだ?」
「だって桐生くん、カッコいいから」
「……え?」
「?」
何か私、変なことでも言いました? とでも言いたげな顔で猫谷さんが俺を見る。
また言われた、カッコいいって。
しかも今度は猫谷さんに。
この学園の男子生徒から最も人気がある、あの猫谷さんに。
「……そ、そっか」
思わず猫谷さんから視線を逸らす。
こんなのずっと目を合わせていられない。
顔が熱い。
素直にカッコいいと言われたのが嬉しかった。
というか、今気が付けたんだ。
(俺、都会基準でも悪くないのか……いや、だからって何かするわけじゃないけど)
ここから猫谷さんとあの子からの“カッコいい”をぶら下げて、学園内を闊歩するようなことは当然しない。
あくまでも俺のスタンスは変わらない。
が、この太鼓判はふとした時に何度も思い出すだろうなと思う。
「そういう猫谷さんも結構告白されるだろ? 話によく聞くし」
「私はたぶん、イケると思われてるんだと思う」
「え、イケる?」
「うん。見るからに弱そうだし、押したらイケそうだって、昔から」
「え、都会の男って猫谷さん見てそう思うの?」
「たぶん」
ビリっと体に電流が走る。
嘘、だろ……?
猫谷さんほど可愛い人をみんな現実的にイケると思ってアプローチするのか⁉
それはよっぽど自信家か身の程知らずじゃないとありえないだろ、普通。
確かに猫谷さんは武闘派ではないし、攻撃力は低そうだ。
が、それと恋愛は別のような気がする。
(それはともかく、猫谷さんをイケると思うとか都会の男レベル高すぎだろ……)
「変かな?」
動揺する俺を見て、猫谷さんが首を傾げて訊ねる。
「いや、変というか……押したらイケると思われてると言うより、単に猫谷さんが可愛いからだと思うけど」
「っ!」
猫谷さんが急に俺から距離を取る。
警戒したような目で、シャーと言わんばかりに俺のことを見てきた。
なんだこの既視感しかない状況は。
「ね、猫谷さん?」
「……」
「……?」
なんで警戒されてるのか、全くわからない。
きょとんとしていると、猫谷さんはやがて警戒を解いた。
「……そっか、桐生くんってそういうことさらって言えちゃう人か」
「???」
よくわからないが、誤解? は解けたようだ。
「それで、桐生くんはなんて返事したの?」
「申し訳ないけど断ったよ。誰かと付き合うとか想像したことないから」
「そうなんだ。……私も、考えたことない」
「猫谷さんも?」
「うん。告白されることはあったけど、誰かと付き合った事とかない。よくわからないから、そういうの」
「わかる。そもそも俺は住んでた場所がほんとに田舎で、恋愛とかほとんどしないような場所だったっていうのもあるんだけどさ」
恋愛ができないというより、みんな考えていなかったように思う。
全員との関係値が恋人を越えた、限りなく家族に近いものだったし。
「へぇ、意外」
「意外?」
「……あ、でも意外じゃないかも。桐生くんって見た目を裏切るような中身してるところあるから。抜けてたりするし」
「……それは褒めてるのか?」
「褒めてるよ、私はね」
「そ、そうか」
そういえば秋斗と波留たちにも「抜けてる」だったり「鈍い」と言われた気がする。
自分としては全く自覚がないんだけどな。いや、それが鈍いってことなのか。
「みんなすごいよね、いっぱい恋愛してて」
「だな。ちょっと羨ましい気もするけど」
「ふふっ、そうだね」
猫谷さんが小さく笑う。
風鈴の音のような、軽やかで綺麗な声が転がった。
「いつかできるといいね、誰かと付き合うとか」
「そうだな」
――キーンコーンカーンコーン。
鳴り響くチャイム。
「え、もう昼休み終わり?」
「やば、学食行けてない」
「私も……」
猫谷さんと顔を見合わせる。
昼休みを延長することなんてできない。
つまり、昼ご飯を食べる時間がないわけで。
「ま、マジか……」「そ、そんな……」
ため息が重なる。
二人揃ってガクリと肩を落とし、体育館裏から抜け出していくのだった。
放課後。
秋斗と波留と教室で少し雑談をしてから、マンションに帰ってくる。
行間に軽く自販機で買ったパンを食べられたが、微妙に小腹が空いていた。
しかし、時間的に夕飯も近い。
下手に食べられず、悶々としながらエレベーターを抜け出す。
少し歩いて、自分の家がある一角に出てきた……のだが。
「……ん?」
三つ隣のドアの前に、見覚えのある姿があった。
体育座りをし、ボーっとしている彼女。
まるで主人の帰りを待つ猫みたいだった。
「猫谷さん?」
声をかけると、猫谷さんの切れ長な目が俺を見つけた。
「あ、桐生くん」




