第17話 二週間が経った
桜はあっという間に散り、持ち物を豊かな緑に変え。
入学してから二週間が経った。
「この公式を使って、代入していくと……」
黒板の前に立つ先生の話を聞きながら、もう二週間かと感慨深い気持ちになる。
例年通りだったら今頃、桜が散ったことを香奈さんたちと嘆きながら、大自然の中を歩いていただろう。
しかし、今はなんだかキラキラもギラギラもした都会の街を闊歩している。
(ここまで変わるものなのか)
ガラっと生活は変わった。
しかし、環境が変わったからと言って俺自身が大きく変わることはない。
いつまで経っても小心者な、田舎者だ。
それでも、まだまだわからないことだらけではあるが、都会の生活にもある程度慣れてきた。
猫谷さんともあれ以来、マンションでばったり遭遇したときはよく話すようになった。
とはいえ、学校ではあまり話すことはない。
そもそも、猫谷さんが基本的に単独行動だからだ。
「…………」
何気なしに、授業を受けている猫谷さんを見る。
目は黒板に向けられていながらも、ボーっとした様子。
相変わらず何を考えているかわからない。
とにかく自由人なんだと思う、猫谷さんは。
(不思議な人だな)
なんてことを思いながら猫谷さんを見ていると、チャイムが鳴り響いた。
忙しない廊下を歩く。
隣には秋斗と波留がいて、二人は楽しそうに昨日見たドラマの話をしていた。
実はここ最近、基本的に秋斗と波留と俺の三人で行動するようになっていた。
初めは関わることすらないと思っていたのに……世の中、予期しないことばかりである。
「んで、こないだ街歩いてたら駅前にその主演女優がいてさ」
「え⁉ いいな~! 私も見たかった」
仲睦まじく話す二人。
最近知ったことだが、どうやら二人は幼稚園からの幼馴染らしい。
ここまで仲がいいのも納得がいく。
「ってか、今日の学食何にしよっかな。最近カツ丼ばっか食べてる気するし、今日は別のに挑戦したい気分なんだけど」
「いっそのこと二つ食べれば? 中学の頃は弁当二つ食べてたでしょ?」
「え、弁当二つ? 重箱弁当みたいな?」
「いや、アキくんはほんとに二つ食べてたんだよ。アルミのドカベン! って感じのやつ」
「ま、マジか……」
そりゃここまで体が大きくなるわけだ。
「中学の頃は部活やってたからな。さすがに今は量を減らして、一日五食にしてる」
「え、なんの二食?」
「んー、昼食後、夜食後だな」
「帰宅部とは思えない食事量……」
現在、秋斗は部活に入らず、放課後はバイト戦士として活躍している。
が、中学の頃はバリバリバスケをしていて、元全国主将だったらしい。
顔もよくてスポーツもできる。
おまけに人望があるほど性格もいいとなると、当然敵はいない。
「波留は今日、何にするんだ?」
「担々麺!」
「ちょっと待って。波留、入学してから二週間、ずっと担々麵じゃない?」
「私、担々麵と専属契約結んでるから」
「専属契約⁉ と、都会には学食のメニューとそんな契約を結ぶ生徒がいるのか……」
「旭、それ波留の冗談だから」
「……え?」
「私の気持ち的には専属契約だよ? 担々麺一筋だし!」
なんだ、ほんとに専属契約してるのかと思った。
波留の学園内での影響力を考えたら、普通に納得がいってしまった。
ちなみに、波留は激辛ラーメン巡りが趣味で、すでに三人で放課後、波留に連れられて激辛ラーメンを食べに行っている。
激辛じゃなくても麺類全般が好きらしく、ふらっと深夜ラーメンに行くこともあるらしい。
波留は第一印象、清楚系美少女って感じだったから、その話を聞いたときは意外だった。
ますます男子から人気な理由もわかったけど。
なんてことない話をしながら、学食に向かって歩く。
その道中、すれ違う生徒たちからはチラチラと見られ、噂されていた。
「ねぇ、あの三人!」
「A組の三人だよね! やば、顔よすぎ……!」
「オーラがもう違うもんな」
「三人並ぶと圧がすごいよな」
「久我くんも犬坂さんも相変わらず顔面強いけど……」
「やっぱり、桐生くんもヤバいよね!」
「ここ二週間で一気に注目集めてるもんな」
「噂通りレベルたっか」
「やっぱどこかの事務所所属してるのかな?」
ざわつく校内。
俺自身、薄々気が付いていた。
なんか注目されているということに。
初めは秋斗と波留の二人と一緒にいるからだと思っていたが、俺一人でも声をかけられたり、噂されたり。
鈍いと故郷で散々言われてきた俺でもさすがに気が付く。
やっぱり……。
(都会だとよっぽど珍しいんだな、俺みたいな田舎者は)
しかし、決して調子に乗らないでおこう。
身の程をわきまえて、所詮自分は田舎者。
俺の都会生活はこれに限る。
学食に到着し、いつも通り三人で行列に並び、注文を済ませ。
トレーを持って、席に着いたまではよかった。
「うわ、Aセットも美味しそ~!」
「秋斗またカツ丼じゃん。食いすぎじゃね?」
「いいだろ、好きなんだから」
「秋斗は変わんねーな」
「波留ちゃんまた担々麵だ~!」
「専属契約だからねっ」
「犬坂さんまたそれ言ってる」
「桐生くんの中華丼も美味しそうだね」
「あははは……」
目の前、横に座っている明らかにキラキラした人たち。
秋斗と波留だけじゃない。
俺の座っている席周辺はみんな、都会の眩いオーラを放っていた。
それも他の生徒とは一線を画した、見た目だけじゃなくて中身からも滲み出る輝き。
(な、なんだこのアメリカのイケてる集団のランチみたいな状況は……)
ド田舎者、都会のキラキラ高校生集団にin。




