第16話 また、学校で
猫谷さんと並んで歩く。
住んでいるマンションが同じなので、話し合わずとも一緒に帰ることになっていた。
まだ慣れない都会の景色を眺める。
隣にはようやく誤解を解くことができた、最近知り合ったばかりの女の子がいて、俺を取り巻くすべてが真新しかった。
実たちに今の状況を言ったら、どう思われるだろうか。
アイツらのことだから、羨ましいとか旭のくせにやるなとか、そういうことを言うんだろう。
「で、最近はスライムみたいなキャラを動かして、どんどんレベルを上げていくんだけど……」
熱心に語る猫谷さん。
歩き始めてから、猫谷さんはずっと自分がハマっているゲームの話をしてくれる。
どうやらよっぽどゲームが好きらしい。
「帰ったらやってみようかな」
「え、ほんと? いいの? ほんとにいいの?」
「すごい慎重だな」
「だって広告ゲームなんて、やってる最中は楽しいけど結局は時間の無駄になるし、他のことやってた方が将来のためになるから」
「ファンなのにめちゃくちゃ辛辣」
普通そこまで熱中してるなら手放しに賞賛すると思うけど。
「い、いいの?」
猫谷さんが遠慮がちに聞いてくる。
「俺は思うんだけどさ」
猫谷さんの方を見て、指を一本立てた。
「そういう時間の無駄とかを含めて、クソゲーって楽しいんでしょ?」
「っ!」
目を見開く猫谷さん。
やがてキラキラと目を輝かせ言った。
「うん、そうなの。そこが逆にいいの」
どうやら俺の発言は的を射ていたらしい。
ほっと胸を撫でおろしていると、
「……でも、クソゲーじゃない」
「あ、ごめんなさい」
満点回答とはならなかったらしい。
これはしっかり反省しないと……。
「でも、そっか。わかってくれてるんだ」
猫谷さんが俯いて呟く。
それから頬を緩ますと、独り言のように言うのだった。
「ふふっ、そっか」
猫谷さんの顔が、脳裏に焼き付く。
今まで避けられていたから余計にかもしれない。
猫谷さんの何がとは言っていないけど、嬉しそうな表情は上京して一番と言えるほど印象的だった。
やはりよかった。
猫谷さんと和解出来て。
そのまま二人並んで歩き、マンションの前でやってくる。
「あっという間に着いた」
「そうだね」
なんてことない会話を交わしながら、エントランスを潜ろうとする。
しかし、猫谷さんは首を傾げながら俺を見て言った。
「え、いいの?」
「何が?」
「だって桐生くん、持ってないよね?」
「……都会のマンションに入る資格?」
「なにそれ」
どうやら違ったらしい。
そもそも俺の家だし、資格とかないか。
じゃあ一体、俺の持ってないものって……。
「じゃなくてないよね、荷物」
「……あ」
妙に軽い、というか手に何も持っていない。
一方猫谷さんは、スクールバックを持っている。
……あ、俺手ぶらだ。
「か、カラオケに荷物置いてきてた……」
というかそもそも、カラオケにいたことすら完全に忘れていた。
それほどに猫谷さんと和解出来たことが嬉しかったんだ、俺。
「ぷっ……荷物……忘れて……ふふふっ……」
「ツボりすぎじゃない?」
「私、たぶん……桐生くん、ツボ……ふふっ……」
「え、ツボ⁉」
必死に笑みをこらえようとして、それでも抑えきれていない猫谷さん。
猫谷さんのツボは全くわからないけど、どうやら俺はそのツボをいくつも抑えているらしい。
ふとスマホが振動し、ポケットから取り出す。
『秋斗:旭大丈夫か? なんか迷ってる?』
『波留:旭くんどこ行っちゃったの⁉ そろそろ捜索隊出ちゃうよ!』
そのほかにもスマホに二人から何通も連絡が来ていた。
「やば……」
そりゃそうだよな。
何も知らない秋斗や波留からしたら、荷物を置いて部屋を出て行ったっきりいなくなったってことだし。
しかもその直前に俺のとんでもない音痴を晒したことを考えると、自暴自棄になって逃亡したと思われても仕方がない。
それは心配させてしまう。
俺は慌てて、訳あって猫谷さんを送っていたという内容のメールを返し、スマホをしまう。
「ごめん、俺カラオケに戻るから」
「うん、気を付けて」
猫谷さんが顔の前あたりで手を小さく振りながら言った。
「じゃ、また……学校で」
「っ!」
その言葉が、また俺をたまらなく嬉しくさせる。
「あぁ、学校で」
ぎこちなくそう答えると、急いでカラオケに向かって駆け出した。
顔が妙に熱かった。
猫谷さんが俺に手を振ってくれたのも、「また学校で」と言ってくれたのも。
そもそも仲良くなれた……いや、仲良くなれそうな兆しが見えたことも嬉しくて、思い出すたびに体温が上がる。
「……なんか楽しいな、新生活」
ふと、俺はそう思うのだった。
全速力で走り、カラオケに到着する。
「はぁ、はぁ……ごめん、色々と完全に忘れてて」
「お、おう。それはいいけど……」
部屋の前で待ってくれていた秋斗と波留が顔を見合わせて、困惑した様子で言った。
「猫谷さんを送ってたって、なんで?」
「ど、どういう訳で送ってたのかな?」
「っ! えっと……い、色々あって」
どこまで言っていいのかわからなくて口ごもる。
すると二人は俺をジーっと見て、感心したように呟いた。
「……初日であの猫谷さんを手にかけるとは、期待の新人すぎるな」
「大型新人、涼川高校に現る! だね。これからどんな偉業を達成していくのか楽しみでしかないよ……」
「……え?」
――その後、深くは追及されなかったが、二人の俺を見る目が少し変わったような気がした。




