第13話 手厚いフォロー
曲が終わり、マイクを口から離す。
歌っている最中は周りの反応が怖くて、歌うことに集中していたから見ていなかった。
が、歌い終わった今は……。
「…………え?」
しんと静まり返ったカラオケボックス。
部屋にいた、波留や秋斗を含めたクラスメイトたちは石化されたみたいに固まっていた。
(なんだこれは……)
歌い終わった後の反応として想像していたのと全然違う。
もっと和気あいあいしているというか、「いいね!」と適当に流してくれると思っていた。
しかし、終わってみれば世界の終わりを想起させるようなみんなの反応。
生気を抜かれたようにぽかんと口を開いている。
さらに女子数名はほぼ気絶状態に近く、「や、ヤバい……」と声を漏らしていた。
「えっと……」
どうしたらいいものかと困惑する。
やがて少しずつ石化が解けてきたのか、ざわつき始めた。
「や、ヤバくね?」
「私、完全に意識飛んでたんだけど」
「これが桐生くんの……」
「さすがにレベル違いすぎだろ」
「ありえないわ、マジで」
「おい神様。人間は生まれながらにして平等じゃないのかよ……」
「俺、軽音部入るのやめるわ」
「カラオケ来て真っ先に一曲目入れるのもやめよう」
みんなの声に、さらに混乱が深まる。
脳裏に一つの可能性がよぎった。
俺、もしかして……。
(そ、そんなに音痴だった⁉)
音痴だから和気あいあいとした雰囲気ぶち壊しちゃったし、みんな反応に困ってたんだろうな。
そう考えれば、俺が歌い終わってみんなが唖然としているのも納得がいく。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
俺としては、それなりに歌には自信があったつもりだし、自分で聞いてても原曲とそんなに変わらないんじゃないかと思っていた。
だけど俺は音痴だった。井の中の蛙だったというわけだ。
(よかった、採点入ってなくて)
もしあったら、あまりに酷い点数を晒していたに違いない。
「ご、ごめん」
俺はそう言いながらマイクを次の人に渡し、大人しく席に座った。
それからしばらくは、マラカスをシャカシャカと鳴らす側に徹した。
もう二度と、あんな惨状を生んではいけない。
俺の歌声は兵器だ。また一つ大海を知って、身の程をわきまえていこう。
「はい、旭くん」
楽しそうにニコニコしている波留からデンモクを受け取る。
「いや、俺はもう……」
「歌わないの? 別に強制じゃないけど」
「波留……」
なんて優しいんだ。
俺が音痴だと知ってて、俺も含めて楽しめるように気を遣ってくれている。
でも、その優しさに甘えてまたあのカオスを生むわけにはいかない。
「ありがとう。でも大丈夫。みんなの心をすり減らしてまで歌いたいって思うほど、歌うことに執着してないから。歌うか世界を守るかなら、世界を取るよ」
「……へ?」
頭の上にはてなマークをいっぱいに浮かべる波留。
少しして、ぽんと手のひらを叩いた。
「確かに、旭くんの歌声はさっきみたいに(上手すぎて)すり減らしちゃうかもね。かくいう私も、魂奪われちゃったというか、衝撃だったし」
「だ、だよな……やっぱり(下手すぎて)魂奪っちゃうよな。兵器だったのか……」
「まぁ、ある意味兵器だね」
「そうだな、ある意味」
やっぱり、この歌声は封印することにしよう。
人前で歌うものじゃない、俺は。
決意を新たにしたのだが、俺と波留の会話を聞いていたクラスメイトたちが数人、俺のところにやってきた。
「桐生くん歌わないの⁉」
「歌ってよ!」
「いや、俺は……」
「気にすんなって! 確かに、俺らのレベル考えたら(上手すぎて)歌うの遠慮するかもしんないけど、俺たちは桐生の歌聞きたいしさ!」
「そうそう! 私、桐生くんの歌好きだな~!」
「私たちは気にせず、遠慮なく歌ってよ!」
「あははは……」
みんなのフォローが温かい。
音痴で世間知らずで、明らかに浮いた転校生の俺をこんなにも温かく迎え入れてくれるなんて……このクラスで本当によかった。
思わず泣きそうになってしまう。
今のところ、新手の詐欺師以外全員、都会の人は優しい。優しすぎる。
「桐生くん桐生くん!」
「全然俺らの番抜かしちゃっていいから曲入れなよ!」
「何なら桐生が連続して入れてもいいぜ!」
「桐生くんのコンサートにしちゃうのよくない⁉」
「ありあり! もうこっから全曲桐生でいいだろ!」
「賛成ー!」
「え⁉」
グイグイと迫ってくるクラスメイトたち。
フォローは温かい。だけど……温かすぎる。
「ご、ごめん! ちょっと」
からのコップを手に取り、カラオケボックスを出る。
その勢いのままドリンクバーコーナーを通過し、非常用階段に出た。
春の温かい風が吹いている。
「……ふぅ」
ようやく一息つくと、気晴らしに外の景色を眺めた。
「みんな優しすぎる……」
嬉しいけど、みんなとカラオケを楽しみたい。
だから俺は歌うべきじゃないな。
それに、ちょっと疲れてしまった。
大勢に一度に話しかけられるのはすごく嬉しいが、まだまだ慣れそうにない。
気分をリセットするため、ボーっと柵に寄りかかる。
ふと、一階のカラオケの入り口から見知った人物が出てくるのが見えた。
「ん? 猫谷さん?」
通りを歩いていく女の子。
間違いない、猫谷さんだ。
そういえばカラオケにいるのは少しだけと言っていたし、得意じゃないとも言っていたので帰るのだろう。鞄も持ってるし。
(また謝れなかったな)
後悔しながらも、今日はちゃんと会話ができた。
俺にとっては大きな進歩で、悪印象を払拭できる日は近いのかもしれない。
なんてことを思っていると、猫谷さんがガラの悪そうな男三人に絡まれ始めた。
振り解こうとする猫谷さんだったが、男たちもなかなかにしつこい。
(……あれ? 猫谷さん、ナンパされてる?)
聞いたことがある。
都会には女の子に飢えた輩がいて、一度目をつけてしまえば頷くまで帰さない、と。
「っ!」
だとしたら、猫谷さんが――危ない。
気づけば俺はコップを置いて駆け出していた。




