第11話 クラス会
その後、簡単なガイダンスを受け終え。
新学期初日にして最大の壁、自己紹介もなんとか完遂することができた。
初日だがクラスの雰囲気は、ちゃちな表現ではなく本当にアットホームだった。
おかげで少しほっとしている。クラスガチャは当たりみたいだ。
明日から本格的に授業が始まっていくということで、今日は昼前に学校が終わった。
――そして迎えた放課後。
「この後、駅前のカラオケでクラス会やろうと思ってます! よかったらみんな来て下さ~い」
波留が教卓の前に立ち、みんなに呼びかける。
その行動は、まさに俺が想像していたクラスの中心人物のソレ。
さすが波留だ。やはり人気者は違う。
それにしても、クラス会は正直かなりありがたいな。
二年から入ってきた転校生の俺には、この学校と都会に馴染む時間と機会が必要だし。
「旭も行くよな?」
秋斗が後ろから声をかけてくる。
「……みんなに俺も入ってるよな?」
「当たり前だろ。逆になんでみんなに入ってない可能性があるって思ったんだよ」
「万がい……いや、百が一あるんじゃないかって」
「百倍確率を上げるな。ったく、旭は卑屈すぎるぞ? もっと胸張って、『俺がいないとクラス会盛り上がらないだろ!』くらいの心意気でいってもいいくらいだ」
「秋斗……」
思わずうるっときてしまう。
「本当にありがとう。出会えてよかった」
「その段階早くね? ま、ありがとよ」
白い歯を見せて笑う秋斗。
確かにカッコいい。そりゃ人気も出るわけだ。
「波留、俺と旭も行くから」
「ほんと⁉ ありがと~!」
満面の笑みを浮かべる波留。
そんな二人の会話に、クラスの温度感が一気に上がった。
「こりゃ行くしかねぇだろ……」
「久我くん来るんだって!」
「絶対行くしかないよ~!」
「桐生くんだって行くみたいだし!」
「あの二人、もう仲いいよね」
「犬坂さんも行くなら行くっしょ!」
「いきなりカラオケイベントとかあっつ!」
「楽しみで仕方がないな……」
さすが、有名人の二人だ。
ちらっと俺の名前も聞こえたが、「え、みんな行くの? じゃ、じゃあ俺も……」の同調圧力に一役買ってるだけだろう。
だってこの二人と同列に扱われるわけがない。
(そういえば、猫谷さんは来るのかな)
ちらりと、未だに席に座ってスマホを見ている猫谷さんに視線を向ける。
一人でいるのが好きって秋斗が言ってたし、こういう大人数の集まりは来なさそうだな。
俺としては、来てくれた方が助かるけど。
だって弁明したいし。
「猫谷さんも来るかなぁ、って?」
「ま、まぁ来てくれたら嬉しいけど」
「素直だな……ほんとになんもないのか? 猫谷さんと。実は結婚を約束してた幼馴染とか、入学前にヤンキーから助けてました、とか」
「俺をラブコメの主人公と重ねてもらっちゃ困る」
だって上京したばっかりの、ただの田舎者だし。
何なら猫谷さんとは、エレベーターで気色悪がられたっていう、ラブコメの主人公とは真反対のイベントがあったくらいだ。
むしろ何もなかった方がよかった。
「ふーん、そうか」
秋斗は頬杖をついて、含みを持たせて呟くのだった。
駅前のカラオケにやってくる。
人数の関係で二部屋に分かれることになり、俺は秋斗と波留と同じ部屋になった。
ちなみに猫谷さんが来たかどうか、確認することはできていない。
なぜなら、さすがにクラス全員で移動するわけにもいかず、結構バラバラにカラオケに向かったからだ。
(こっちの部屋にはいなさそうだな)
いるとしたら同じフロアにあるもう一つの部屋だろう。
それにしたって、カラオケが三階にわたってあるってどういうことだよ。
しかもワンフロアに十何個も部屋があるって、ますます意味が分からない。
村何個分だよ。
(何もかもが違いすぎる……)
一つの部屋に20人くらい入れるのも驚きだ。
なんかミラーボールみたいなのも回ってるし、スタンドマイクもあるしマラカスもあるし。
これがほんとにカラオケか?
高校生が利用していい施設なのか?
(はっ! もしかしてここが、いわゆる若者の至りが充満した箱、クラブというヤツなんじゃ……)
沙也加先生が、都会にはカラオケに見えないように工夫された、危ない場所がいくつもあると聞かされていた。
俺はもしかしたら、知らず知らずのうちに犯罪がすぐそこに転がった場所に来てしまったんじゃ……。
ビクビク怯えていると、隣に座っていたクラスの女子が話しかけて来た。
「ね、桐生旭くんだよね?」
「っ! ……ほんと、何も知らなくて。上京してきたばっかりで!」
「え?」
「……え?」
首を傾げ、ぽかんとする女子生徒。
しかし、「ま、いいや」と呟き、俺に近づいてきた。
「彼女とかいるの?」
「え、彼女?」
「うん! いるのかなって!」
いきなりな質問に困惑する。
そんなパーソナルなことを初めから聞いてくるなんて、もしかして……。
「連帯保証人?」
「え?」
「もしくは身元保証人、とか?」
「……え?」
「…………え?」
どうやら違うらしい。
「桐生くんってモテそうじゃん? だから向こうに彼女いるんじゃないかなって」
「あぁ、いないよ」
「え、いないの⁉」
「え、普通いるの?」
「うん、(桐生くんなら)いると思うけど……」
「そっか……(都会の人なら)普通いるのか」
「(桐生くんなら)絶対いると思う!」
さすが都会だ。
出会いの数も多いし、恋愛方面も手が早い。
俺が住んでたド田舎じゃ、みんな家族くらい距離感が近すぎてそういう関係になっている人をあまり見たことがない。
他の地域では、逆にやることがなさ過ぎて……っていうのもあるらしいけど。
女性陣は多かったし、みんな美人だったのに不思議となかったんだよな。
なんでだろう。
「でもそっかー。桐生くん、彼女いないんだー」
「「「「「っ!!!!!!!!」」」」」
女子生徒の声がうるさい部屋にやけに響き渡る。
その瞬間、部屋にいた女子たちの目の色が変わった……気がした。
「え、桐生くん彼女いないの⁉」
「嘘! 絶対いると思ってた!」
「桐生くん! インスタってやってる?」
「交換してなかったよね!」
「どういう子がタイプなの⁉」
「今までどういう子と付き合ってきたの⁉」
「ちょっ……」
食い気味に訊ねてくる女子たち。
ど、どうなってるんだこれは……。
「桐生くん!」
急に迫られ、頭の処理が追いつかない。
「ご、ごめん。ちょっと」
プラスチックのコップを手に取り、慌てて部屋を飛び出す。
ちょうどコップが空になっていてくれてよかった。
「それにしても、なんだったんだあれは……」
女の子は恋バナが好きだと聞いたことがある。
もしかしてそういうことか?
いや、それにしては妙に熱が入ってたというか、世間話程度じゃなかった気が……。
グルグルと考えながら、逃げるようにドリンクバーコーナーに向かう。
「あっ……難しいな」
緩いポップな店内BGMが響く中、声が聞こえてくる。
ドリンクバーにたどり着くと、そこには一人、猫谷さんが真剣な様子でソフトクリームをカップに巻いていた。
レバーを起こし、ソフトクリームが綺麗な状態で完成する。
「ふふっ、美味しそう」
嬉しそうに小さく微笑む猫谷さん。
その姿はどこか涼し気で、美人さも相まって触れられないような神聖さを感じた。
やがて上機嫌そうに俺の方に体を向け、猫谷さんがソフトクリームから視線を上げる。
「……あ」
完全に目が合った。
これで五度目。
「っ! ……桐生旭、さん」
「ね、猫谷瑞穂……さん」
カラオケに相応しくない異様な空気が、俺と猫谷さんの間をもわっと流れていた。




