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第1話 上京


 スーツケースを引き、電車の前で止める。


 そして見送りに来てくれた人たちの正面に立った。


「来てくれてありがとう、みんな」


「お礼言われる程のことじゃないって」


「そうだよ。ずっと一緒にいた幼馴染が東京に行くってなったら、見送るのはもはや義務だっての」


「あははっ、なんだよ義務って」


 やっぱり、たった二人の同級生である竜也と実とは波長が合う。

 全員男って言うのもあるし、何せこのド田舎だ。

 

 コンビニなんてなくて、小さなスーパーとスナックくらいしかないこの街でずっと遊んできたのだ。

 友達の域を超えて、もはや家族のような安心感すらある。


 そんなみんなと別れ――今日。

 俺、桐生旭きりゅうあさひはこのド田舎を出て行く。


 そしてアメリカから東京に勤め先が変わった母さんと一緒に、都会で新しい生活を始めるのだ。


「桐生先輩! これ、受け取ってくださいっ……!!!」


 一個下の後輩である美優から手紙をもらう。

 ハートが至る所にあしらわれた可愛らしい便箋。

 可愛い物が大好きな美優がいかにも好きそうだ。


「ありがとう、美優。大切に読むよ」


「っ! その……返事はいらないので!」


「返事?」


 返事って何のことだろう。

 たぶん東京でも頑張ってねとか、そういうありがたい応援のメッセージが書かれていると思うんだが……何か返事が必要なことでも書かれてるんだろうか。


 まさか、ラブレターでもあるまいし。


「うん、わかった」


 美優のことだ。

 俺が退屈しないように、ちょっとしたクイズでも入れてくれてるのだろう。


「旭! これもらって」


「この中に私の全部詰めておいたから! 電車の中で見なさいよ?」


「まだ離れるのはつらい……だから、これを私だと思って、肌身離さず持っておいてね?」


「みなさん……」


 お世話になった二個上の紗枝さん、真美子さん。

 四個上の香奈さんなどなど……。


 この村に住んでいる若い女性全員から、何かしらの贈り物をもらう。

 トートバッグはあっという間にプレゼントでいっぱいになった。


「今まで本当にありがとう。家族みたいに接してくれて、しかもこんなに色々もらえるなんてすごく嬉しいよ」


「旭……」


 思わず頬がほころぶ。

 すると同級生の竜也がふっと笑った。


「まったく、お前は最後までその感じなんだな」


「ほんと、最後の最後まで旭らしいね」


「あはは……女性陣は大変そうだけど」


「昔から知ってましたけどね……」


「ほんと、困った男の子だよ」


「こっちの苦労も少しはわかってほしいけど、これが旭だもんね」


「仕方ない」


「?」


 みんなの言葉はあまりよくわからなかったが、とにかく別れを惜しんでくれているんだろう。

 やっぱり、こんなに幸せなことってない。



 ――プルルルルルル。



 電車が間もなく発車する。

 これを逃せば次は一時間後。新幹線の時間に間に合わなくなってしまう。


「みんな、そろそろ……」


「待って!!!」


 俺が電車に乗り込もうとすると、ずっと俺に入れ込みすぎなくらいよくしてくれていた沙也加先生が俺の手を握った。

 そして俺をまっすぐ見て、「これが最後の授業だよ」と口を開いた。





「都会はとにかく気を付けること! 特に声をかけてくる女の子には! いい⁉ いいよね⁉⁉⁉」





 必死に俺の目を見て訴えかけてくる。

 握られている手がもはや痛い。


「わ、わかりました」


「お願いだから! ほんとに!! そして必ず帰ってきてね⁉ この町に!!! できれば二日に一回!」


「あははは……できる範囲で帰ってきます」


「一週間に一回!」


「値下げ交渉みたいなことしないでくださいよ」


 最後まで明るくしようとしてくれる沙也加先生には本当に感謝だ。


「あっちでも頑張るんだぞ、旭」


「明美によろしくね」


「うん、ありがとう。じいちゃん、ばあちゃん」


 片親で、さらに母さんが海外で仕事をしている間、親のように俺を育ててくれた二人と握手を交わし、電車に乗りこむ。

 プシュー、と音を立ててドアが閉まった。


 ゆっくりと電車が走り出し、どんどんみんなから遠ざかっていく。

 やがて、生まれ育った田舎過ぎる町を飛び出していった。










 無事新幹線に乗り、みんな(ほぼ女性)からもらったプレゼントを一つ一つ見ていく。


 まずは美優からもらった手紙かな。


「…………」


 書かれていたのは、俺と美優の思い出の数々。

 俺も美優との記憶を思い出しながら、可愛らしい丸文字を辿って頬を綻ばせる。


 そして最後に、こう書かれていた。



『ずっと好きです。いつか家族になりましょう。目指せビックダディ……いや、ビックビックダディです』



「美優……何言ってんだ、俺たちはもう家族だろ」


 最後のビックダディはよくわからなかったが。

 そういえば、返事がどうとか言っていたけどクイズとかはなかったな。

 入れたつもりだったんだろうか。

 

 次に、紗枝さんからもらったピンク色の手編みのマフラー。

 また、真美子さんからはハートが大きく縫われたハンカチ。

 香奈さんに至っては手作りのハート形のチョコレートが入っていた。


「ありがたいな……ん?」


 でもところどころ引っ掛かる。

 マフラーとハンカチには人の髪? っぽいものも少しだけ一緒に縫われているし、チョコレートにも何の毛かわからないものが入っていた。


「入っちゃったのかな?」


 みんな髪が長いし、そういうこともあるよな。

  

 それと、沙也加先生からの贈り物はお守りだった。

 

「……ん? 女除け?」


 普通こういうのって厄除けとか魔除けとかだと思うんだけど……。

 でも沙也加先生、都会の人、特に女性には気をつけろって言ってたし、そういうことなのかな?


「なんにせよ、ありがたいな」


 みんなが俺の旅立ちを応援してくれている。

 家族同然の、みんなが。

 

「頑張らないとな」


 きっとこれから暮らす都会はあのド田舎とは世界がまるで違うんだろう。


 やっぱり都会って怖いし、慎ましやかに暮らしていこう。

 それが田舎から出てきた俺に相応しい過ごし方に違いない。


 身の程をわきまえて、俺は所詮田舎者。

 

 これをスローガンに、都会での新生活を始めるとしよう。










 東京駅に到着する。


 改札を潜ると、驚くほど多い数の人々が行きかっていた。


「すごいな……」


 迷わないように気を付けないと。

 ひとまず俺が出る出口は……。



「ねぇ、見てあの人!」

「ヤバ! カッコイイ……!」

「芸能人なんじゃない⁉」

「イケメン過ぎるでしょ!!」

「声かけてきなよ!」

「無理だって! 絶対芸能人だし!」



「……ん?」


 やけに周囲が騒がしい。

 視線も感じるし、注目されてるような……。


「いや、そんなわけないか」


 俺のことを言ってるわけがないし、視線を感じているのはもっと別の、むしろ田舎モンが来た、とでも思われてるんだろう。


 これが上京してきた田舎者に対する都会の洗礼ってやつか……。

 やっぱり、都会は恐ろしい。


 できれば田舎者に優しい人たちに出会えたらいいけど……。




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 ビッグダディ、ハーレムダディ!
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