第9話 お手…にくきゅうぅぅぅぅ!
『ふーん。近衛騎士と公爵家の護衛か。力関係が微妙ということか。普通なら王のコマの方が強いが、オリヴィアの婚約者の家を立てると考えると、互いに領分を決めていたんじゃないのか?』
「あの? 私に護衛のことを聞かれてもわかりませんわ」
『例えば、聖女同士のいざこざは婚約者側が受け持つとか』
はっ! 確かにあの場にはファルレアド公爵子息がいました。それはエリザベートの婚約者として。その後方に控えたファルレアド公爵家の見知った護衛たち。
違ったことは、いつもなら止めるファルレアド公爵子息が、傍観者をしていたということ。
これはエリザベートの婚約者になったファルレアド公爵子息が止めにはいると勘違いしていたブライアンの失態ですか。
それで、神父様に私の婚約者ではすでにないファルレアド公爵子息が動くはずはないだろうと叱咤されたという流れでしょうか?
『護衛とは表面上だけでも仲良くしておけ、いつ裏切られるかわからないからな』
なんだか、そのようなことがあった風にアークから言われてしまいました。
そうですか、護衛に裏切られたことがあるのですね。
「でも私は需要がない浄華の聖女なので、なにも起こったりしませんわ。今までも何もありませんでしたもの」
治癒の聖女のように誘拐されそうになることもなかったですもの。
『それはオリヴィアが知らなかっただけかもしれないぞ』
それはどうでしょうか? 私の馬車が止められることは道が悪くて迂回するとか、道を横断する家畜の集団に出くわしたぐらいだけですもの。
しかし誰かから言われなければ、私が知ることがない情報でもあります。だから、なんとも言えませんわ。
そんなことを話していると、ガタンと馬車が揺れ止まりました。
どうやら目的地に着いたようです。
「アークはここで待っていますか?ついて来ても気分がいいところではないですよ」
汚水が流れている横を歩いていかなければならないですからね。
『いや、ついていこう。聖女の能力は興味がある。そしてさっさと俺を元に戻せ』
「あ、それは無理です。モフモフ愛以外持ち合わせていませんから」
私はきっぱりと言う。モフモフを堪能しておいてなんですけど、帝国の第一皇子に対しての興味は全く持ってありません。
そして外から扉が開かれ、出された手をとって……ちっ、またブライアンですか。
舌打ちをしたいのを我慢して、手をとって地面に降り立ちます。
「では参りましょう」
サクサク歩く私の背後から着いてくるアーク。
「浄華の聖女様。その魔獣も一緒に連れていくのですか?」
「ちっ!」
あ、我慢していた舌打ちがでてしまいました。
はぁ、ここでハッキリ言っておいたほうがいいでしょう。これからアークを連れ歩くことが多くなるのです。
下水道の地下へと続く扉を前にして振り返りました。そして私を見下ろす全身鎧に覆われた者を見上げます。
「近衛騎士団長。祝福の聖女が出した条件をご存知のはず、私はそれまでにこの魔獣を人の前に連れて行っても大丈夫だと証明しなければなりません。おわかりかしら?」
残り三週間しかないのです。
それに私が魔獣の世話をするという条件を突きつけられているため、シスターたちはアークに関して、食事を用意する以外手を出してはならないというお達しが出されています。
シスターたちにアークのことをお願いすることはできないのです。
「そのような考えをお持ちでしたとは、失礼いたしました。しかし浄華の聖女様がその魔獣と隷属契約をされませんでしたので、用心をと思いまして」
そのブライアンの言葉に、周りの護衛騎士たちがざわつき出します。
本当に隷属契約しなくてよかったですわ。
危うく、帝国の第一皇子を私の奴隷にしてしまうところでした。これは色々問題になっていましたわ。
「必要ありません」
私はちらりと腰ぐらいの高さのアークを見ます。……確かに大きいですわよね。これが暴れたらと思うと不安になるのもわかります。
「アーク。おすわり」
なにジト目で見てくるのですか? ここは私の言うことをきくと見せるべきでしょう。
すると渋々という感じで腰を下ろす黒豹。その姿もきゃわいい! 中身がアレですが……。
「お手」
差し出す私の手の上にバシッとおかれる肉球。にくきゅぅぅぅぅ!
はっ!
「という感じで、私の言うことは聞くので問題ありません」
私はにこりと笑みを浮かべて、ブライアンを見上げます。
「流石浄華の聖女様です。まさかたった一晩で、ここまで調教をされるとは」
調教なんてしていませんわよ!
しかしそれを言うと色々面倒なことを説明しなければならなくなるので無視です。
「わかったのでしたら、参りますわよ」
私はさっさと日課の汚水の浄化を終わらすべく下水道に入る扉をくぐっていったのでした。