第7話 朝から積極的だな
「私はもふもふ愛が勝っていますので、無理です」
「何を言っているのか理解できない。何が無理なのか説明しろ」
何が無理なのか……
「確かに浄華の聖女の私であれば、可能でしょう」
「だったら……」
「黒豹さん。人を愛したことがありますか?」
「突然何を言い出す。人を信じても直ぐに裏切るそういうものだ」
はい。そんな感じはしていました。
神の恩恵は人々にあらゆるモノを与えてくれます。ですが、超越者的な恩恵は得られません。
子供がドラゴンを倒せるような力を得ることはなく、失った四肢が元通りに生えてくることはなく、国を覆うような巨大な結界を張ることができないように、私の浄華にも制限というものがあります。
「呪いというのは第三者の意志が対象者に影響を与えているものになります。聖女の力は精神と肉体の状態に影響されるのです」
「話が全然つながっていないぞ」
「はい。それだけ私の心はショックを受けています」
もふもふが、私のもふもふが、まさか色々な噂が耐えない第一皇子だったとは……これにショックを受けない方が異常ですわ。
「今、呪いが解けたように思えているでしょうが、それは私のもふもふ愛が作用して呪いの一部が浄化されただけです。直ぐに元の黒豹さんに戻ります」
「あ? なんだ? それは?」
「よく言うではないですか。呪いを解くには愛する者の口づけだと……私はもふもふ愛はあっても、第一皇子もどきさんに対しての愛は全くありません」
そうなのです。先程、黒豹さんに抱きついて首元に顔を埋めたときに、唇がもふもふの毛に当たったので、一部呪いが解かれた状態に今なっているだけなのです。
完全には解かれていないので、そのうち黒豹さんの姿に戻ります。
「ああ、それで俺がお前を愛せるかどうかを聞いたのか?」
「いいえ。第一皇子もどきさんの愛は関係なく、私が愛せるかどうかの話です。が! もふもふ以上の愛はありません!」
私が先程聞いた意味合いは、好きでもない者の口づけを受け入れられるのかと聞きたかったのですが、混乱と悲しみとで頭がまとまっていなかったので、許してください。
「ふーん。なんとなく理解した。俺のことはアークと呼べ」
アーク? って本当にあのアークジオラルド第一皇子なの?
再び混乱していると、身体がふわりと浮き上がりました。
「え?」
何故に抱えられているのですか?それもスタスタとベッドのほうに移動させられています。
「なんだ? 一緒に寝ようと誘ったのは……確かオリヴィアの方だろう?」
「え? いや……それは……黒豹さんを……」
「アークだ」
ちょっと待ってください。確かに私は言いましたよ。
ベッドは広いから一緒に寝ようって、もふもふと一緒に寝るという打算が働いたのも認めましょう。
しかし男性と同じベッドで寝るなんて、そのときは爪の先ほども思っていませんでしたわよ〜!
そうして、ウキウキ気分で終わるはずだった一日が、私の絶叫で終わっていったのでした。
鳥の鳴き声が聞こえてきて目が覚めました。目を開けると外はまだ薄暗く、夜が明け始めた時間のようです。
起きるにはまだ早いので、もう少し眠りと目覚めの間を微睡んでいていいでしょう。そう思って寝返りを打つと、もふっという感覚が……もふもふ気持ちいい。
「朝から積極的だな」
その言葉に完全に目が覚めてしまいました。視線を上げると、暗闇の中で光るような金色の瞳が私を見ています。
「うっきゃぁぁぁぁぁ!」
「朝から騒いでいたと聞きましたよ」
朝のお務めに行く前に神父様に呼び止められてしまいました。
「魔獣を買ったことを忘れて、悲鳴を上げるなど馬鹿ですか」
「お騒がせして申し訳ございませんでした」
私の悲鳴を聞きつけたシスターたちが、私の部屋に押し入ってくるという騒ぎを引き起こしてしまったのです。
その時にはアークは黒豹に戻っており、寝ぼけて驚いてしまったと、苦しい言い訳をシスターたちにしたのでした。
「それから三週間後の聖華会はツベラール領の教会で行われることになりましたので、五日後に出立です。準備は怠らないようにしなさい」
「わかりました」
それだけを言うと神父様は私に背を向けて去っていきました。
騒ぎを起こした私への注意ついでに、出発日を言いに来たのでしょう。
『聖華会とはなんだ?』
私の隣にいる黒豹が聞いてきました。
誰がこの黒豹が隣国の皇子だと思うのでしょう。
もふもふなのに残念すぎる。
「聖女の力を使って人々に恩恵を与える日です……あと、人前では話しかけないでください」
『だったらオリヴィアも念話を使えばいいだろう』
残念ながら、私は浄華の力を使うために時間を割いたので、一般魔法すら使えないのです。
ですから、念話を使うなんてもってのほか。
「私は聖女ですからね。覚える必要がなかったのですよ」
『覚えることができなかったと素直に言えばいい。魔法ぐらい今からでも覚えられる。暇なときに教えてやろう』
ええ、そうですね。暗くても光をともす魔法すら使えないのです。
日が暮れだせば、シスターの誰かが来て部屋に明かりをともして行き、寝る前に間接的に照らす明かりのみにして、去っていくのです。
それが当たり前の生活で、私が明かりをともすことはないのです。
「ええ、お願いしますわ」