第39話 聖女って馬鹿ってことなのか?
私は眠っているアン様の側に立ちます。ちらりと神父様を横目でみました。
神父様は私に向って頷いてきます。
本気ですか?本気でアン様を浄華するのですか?
はぁ……。
「晦冥に靉靆たる心。揺蕩う深潭の淵を掴む手を我は引き上げよう。汝の心は慈雨に清められ、心を縛る身体は光輝によって浄華される《エルレリアール》」
浄華の光に包まれたアン様の表情は少し穏やかになったような気がします。
「う……あら?オリヴィア。どうしたのかしら?」
アン様が目を覚まされたようです。
「治癒の聖女様。お疲れでしたので、こちらでお休みになっていただきました」
そこに神父様が説明をしてきました。これには嘘はありません。
「アスタベーラ老夫人に奇蹟の力をつかっていただく手筈になっていたのですが……」
誰がと言っていないので、これも嘘ではありませんが!
「そうなのですか? それはごめんなさいね。すぐに用意をします」
くっ! 素直なアン様は、神父様の言葉をご自分のことだと思いこんでしまっています。
『聖女って馬鹿っていう意味なのか?』
「素直って言ってくれないかな?」
アークが馬鹿って言ってきた。アン様は馬鹿ではなくて、素直と言って欲しい。
そして病んだ心が浄華されたアン様は、戸惑いも何もなく、アスタベーラ老夫人に奇蹟の力をお使いになったのです。
しかし、老夫人の病は一度の奇蹟で完治するようなものではなく、何度か必要なため、また来る必要ができたのです。
「流石、治癒の聖女様です。老公もとても感謝をしておいでてしたよ」
神父様。そういう言い方は卑怯というものです。
「神父様。アン様に聖華会は身体的に無理ではないのでしょうか?」
ツベラール侯爵領に向っていっている馬車の中で、神父様に確認します。お歳を召したアン様に、聖華会のお務めは大変なのではないのかと。
そのアン様は、ここまで来るのに乗っていた馬車でシスターたちと共に移動しています。そのツベラール侯爵領に向けてです。
「ええ、また奇蹟の力をお使いになるのを拒まれると困りますのでね。教会の奥で一週間ほど過ごしてもらいますよ」
その言葉を聞いてホッと息を吐き出します。
「おい、話すのはいいが、疎かになっているぞ」
「うぐっ」
そして私は俺様皇子に抱えられながら、魔法の練習をしていました。強引であるものの、なんとか魔力循環できるようになったので、次は簡単な初級魔法を頑張っているところです。
「うう……どんどんアークからモフモフ度が無くなっていく。私にはモフモフが足りない」
「老公のところで存分に楽しんでいただろう」
楽しんでいましたよ。私の癒やしですから、仕方がありません。道中は光魔法の練習をするという約束です。
「陰暗に炯然たる一光をもたらすファレンガの光よ。我に闇を照らす明かりを《ルエール》」
指先がほんのりと光った気がします。
「できました!」
「何処がだ!」
「いたっ!」
また俺様皇子に頭を叩かれました!
絶対に指先が光っていましたって!
「才能がないのでしたら、諦めるのも一つの手ですよ」
「神父様の意地悪」
そうして移動に三日間かけて、ツベラール侯爵領のアンラフェルにたどり着きました。
アンラフェルは鉱山の町です。とても賑わっており、鉱石を採掘する人や、採掘された鉱石を加工する人たち、それを売買する人たちで賑わっています。
が、臭いです。馬車の中にいても臭ってきます。そう、鉱石を加工する臭いなのか、独特な臭いが町を満たしているのです。
『鉱毒か……お前に聞いてもあれだな。――――』
馬車の窓から町の様子を見ている黒豹アークの言葉です。
はい、鉱山から流れ出る毒により町が汚染され、その毒に人々も汚染されています。
この地が放棄されない限り、終わることのない浄華です。
「ええ、そのために、年に一度は来ることになっている地ですね」
おそらく、神父様に同じことを聞いたのでしょう。その答えの言葉が出てきています。
『浄華の聖女が望まれている地ということか』
「先にため池の浄華をお願いしますね」
ため池。毒の水をためておく池ですが、雨が降ればその水は溢れ、町に染み込んで行きます。
それは、人々が口にする物を汚染していくのです。
「その後は町で、その後は森。わかっています」
「はい。頑張ってくださいね。帰りもアスタベーラ老公のところに寄りますからね」
「はい! モフモフパラダイスのために頑張ります!」
『お前、そういうところが馬鹿なんだよ』
何故か呆れたアークの声が聞こえてきました。
今週は投稿が途絶え気味になります。m(_ _)m




