第30話 馬車の中の楽園
「流石、べルルーシュです!」
「お褒めに預かり光栄であります」
憂鬱な劇場へ向かう馬車の中は、楽園でした。
「アスタベーラ老公にお願いしたかいがありました」
なんと、アーク以外にモフモフが馬車の中にいるではないですか。足元に寝そべる番犬のわんこ君。馬車のカーテンレールに止まって鳴いている小鳥しゃんたち。座席の上で丸まっている大きめのニャンコちゃん。
馬車移動でも大丈夫な子たちだそうです。
楽園は馬車の中にもありました。
「しかし、先程の坊っちゃん見ました? くくくくっ」
べルルーシュは悪い顔をして笑っています。
「この馬車に乗ろうとして、魔獣を見て顔色を変えて去っていきましたね。ああ、面白い」
そう言ってクツクツと笑っています。話が通じない人と話すのは大変でしたでしょう。
しかし、ブライアンの侍従をしているだけあって、慣れているようで、人を見る目は持っています。
こうやって、私の望む楽園を作ってくれるのですから。
「浄華の聖女様。どうも裏でアスタベーラ公爵が動いているようです」
笑いを止めたべルルーシュは真面目な顔をして私に言ってきました。
「公爵様がですか?」
「それを懸念して、ジークフリート様が早急に動かれたのですが、こちらにお戻られるには時間がかかりましょう」
御老公ではなくて、公爵様ですか? なぜでしょう?
御老公ならば、奥様に少しでも長く生きて欲しいと、私の力を得たいと考えてもおかしくはないと思うのですが。
『なぁ、その公爵子息という者の立場がわからないのだが?』
確かにアークの言う通り、ご三男の方ですわよね。跡継ぎを指名されている嫡男ではありません。
「べルルーシュ。何故、そのレイモンドという方なのでしょうか?」
「まぁ、確かに浄華の聖女様の隣に立つには弱いかもしれませんね。あの坊っちゃんである必要はないでしょう。重要なのはアスタベーラ公爵家で聖女様を囲えるかどうかです」
うーん? 私は『浄華の聖女』ですので、力がある聖女ではありません。
「聖女でいいのであれば、エリザベート様でも良かったのでは?」
何故かエリザベートの婚約者は最近まで決まっていませんでした。だから、エリザベートでもよかったはずです。
「アレは手をだしたら駄目な部類です。だから、今まで婚約者に名乗りを上げる者はいなかったのですから」
「ん? 意味がわかりません」
「いつ天罰が下るかわからないという意味ですよ」
ああ、『聖水の聖女』の二の舞を恐れてのことですか。
「さて、ついたようですね。確認したところアスタベーラ公爵家専用に一室を押さえているようですから、そちらでの観劇になると思います。室内には団長の他に近衛騎士三名。扉の外に三名の配置です。何かあれば団長に押し付けて出てきてください」
「べルルーシュ。貴方は?」
「僕はここで待機ですよ。護衛はさっぱりなのでね。それからこちらをどうぞ」
私はべルルーシュから頭をすっぽりと覆うベールを受け取り、被ります。私の姿をひと目に触れないためと、私自身のためでもあります。
べルルーシュにもついてきて欲しいですが、観劇となれば相手と話すこともないでしょう。それに、モフモフたちの面倒をみる人も必要でしょうからね。
私は頷いて、開けられた馬車の扉から外に出ていきました。
ああ、憂鬱ですわ。
「本日の演目は人気の作品でしてね」
劇場の中は最悪でした。思わず、ベールの中でハンカチで口の周りを覆います。
これなら、汚水の浄化の方が百倍マシですわ。
「勇者と聖女の初代聖王の物語です」
下を見下ろすとヒトヒトヒトヒト。私は三階ぐらいの高い場所にある個室のようになった観客席にいるのです。
娯楽が少ないので、観劇は人気だと聞きますが、私には苦痛でしかありません。
「浄華の聖女様は王都で見慣れているかもしれませんが」
私は劇場には足を運びません。
この淀んだ穢れが溜まった場所に居続けるなど、拷問に等しいではありませんか。
「こちらの劇場は仕掛けが色々ありますので、楽しんでいただけると思いますよ」
先程からベラベラとよく話しますわね。私は相槌もなにも反応していないといいますのに。
しかし何故、隣に座ってくるのですか? 席などたくさんあるのに。
「何か、飲み物でも用意をさせましょう」
必要ありませんわよ。外で出されるものは口にしないと、神父様から耳が痛くなるほど言われてきたのですから。
「浄華の聖女様は本当に物静かですね。聖女としてこき使われてきて、自我に乏しいと言われているのは本当のようですね」
は? なにそれ?
私が話さないのは、聖女像をぶち壊すから話すなと言われているだけですわ。
 




