第3話 治癒の聖女のアン
「それに以前のときのように、色々ありそうな気がして……ロベルト様も理由をおっしゃらずに婚約破棄をしてきましたし、今日のお茶会も来られて、エリザベートの婚約者として紹介されて……私は普通に聖女として務めているだけですのに……ですから、私を癒やすもふもふのペットを買うお金をください!」
「本音がだだ漏れですよ。前回はなんでしたかね? 精霊を喚び出すと言いながら、悪魔を喚び出して大事になっていましたね」
私がやらかしたような目で見てこないでください。私はきちんと水の精霊を喚び出しましたわよ。
それで雨の奇蹟を行いましたもの。
対してエリザベートは『黒き炎の悪魔』なんていうモノを、喚び出そうとしていたのです。エリザベートの周りが黒い炎に囲まれたところで、私が喚び出した精霊に鎮火してもらいました。
その後が大変で、場が穢れたとかどうとか騒ぐ人たちが現れて、私がその場所の浄化を行うことに……私、何かとエリザベートの尻拭いをしていますわ。
「ということで、ペットを買うお金をください」
私は知っているのです。国中からお布施という名の金を集めていることに。
あと一年で結婚するはずだった私に。
毎日毎日溜まった汚水の浄化をしている私に。
会うたびにエリザベートに絡まれる私に。
癒やしがあってもいいではないですか!
「駄目です」
「くっ! でしたら、汚水の浄化をボイコットします! 以前のように、下町に汚水臭が充満してクレームがくればいいのです!」
「はぁ、取り敢えず頭を冷やしに、アンのところに行って治してきなさい」
そう言われ、書斎を追い出されてしまいました。
トボトボと殺風景な廊下を進みます。
王城の敷地内の教会と言えば綺羅びやかとか、荘厳なとか、目が痛いほどキラキラしていると、幼い頃は想像していました。
しかし、いざ住んでみると古臭い建物で、隙間風は入ってくるし、虫は何処からか侵入してくるし、想像とはかけ離れていました。
そんな石造りの寒々しい建物の中を進んでいくと、居住区画に入ります。別棟ですね。
今ここで生活をしているのは、『治癒の聖女』と『結界の聖女』と私の三人です。私以外のお二人は身分がない平民のため、幼い頃からここで暮らしているのでした。
そして一つの扉の前に立ちノックします。すると、すぐに中から扉が開けられました。
「あら! まぁ!」
中から出てきたのは聖女の身の回りのお世話をするためのシスターです。
恐らく腫れた私の頬を見て嘆声を上げたのでしょう。
「アン様にお会いしたいのですが」
「オリヴィア様。また、『祝福の聖女』ですか? だから、お茶会など行かなくてもいいと言ったではないですか」
「正式に招待されているのに、断ると後々面倒でしょう?」
この教会に配属されているシスターたちからもエリザベートは忌避されています。
幼い頃に、この教会で聖女についての勉強を共に教えてもらっていたのですが、つまらないとか、これがイヤだとか、ここの食事は美味しくないとか、わがままをエリザベートは言っていたのです。
だから、印象が悪くエリザベートはシスターたちに嫌われています。しかし、表立って公爵令嬢を悪くいうと問題がありますので、教会の中だけの話ですけどね。
そしてすぐに私は『治癒の聖女』アン様に会うことができました。
「『祝福の聖女』わがままも困ったものね。そのうち、聖女の力が使えなくなるのではないのかしら」
そう言いながら私の両頬に手を添えてくれているのが、『治癒の聖女』のアン様です。
長椅子に座っているアン様の隣に腰をおろし、身体をアン様のほうに向けた格好になっています。
白髪混じりの紅色の髪を結い、目尻のシワを深くしながらアン様は治癒の力を使ってくれていました。
ここでは一番高齢の八十歳です。最近は室内で過ごされていることが多く、滅多に外にでられることはありません。
恐らく、聖華会で求められているのはアン様の力だと思うのですが、聖女の力を扱うには肉体的にも精神的にも安定しないと、効力が芳しくないのです。
ですから今では擦り傷などの軽度の治癒しかできないと伺っています。
「力が使えなくなったら、私の所為にされそうなので、現状維持でお願いしたいですわ」
腫れも引き、鏡を見せられた私の顔はいつも通りに戻っていました。
腫れが引いた頬の周りを覆う銀色の髪。鏡の中の私は紫色の瞳で私を見てきます。
そして、黙っていれば美人だと、元婚約者のロベルトに言われた容姿。
褒めるならきちんと褒めなさいよ。
「ありがとうございました」
元通りに戻ったので、アン様にお礼を言います。
「外は面倒事が多いから、無理して外に出なくてもいいのよ。聖女というだけで、何度襲われたことか」
確かにアン様の力は喉から手が出るほど欲しい人は欲しいでしょう。
ですから、聖女には護衛をする者が必要になり、住む場所にも昼夜問わず護衛が必要になってくるのです。
これが私が両親と離れて王都で一人で暮らすことを断念した理由です。
幼かった私では、それほどの多くの家人を管理できませんもの。
しかし私は『浄華の聖女』。今まで襲われることなんて一度もありませんでしたわ。
「それはアン様が素晴らしい聖女だからですわ」
お茶を飲みながら雑談し、私のすさんだ心もアン様は癒やしてくれたのでした。