第29話 悲鳴
「浄華の聖女様は観劇でいいそうです」
折れました。もう、私の心が折れました。
これ以上モフモフパラダイスが堪能できない状況に、心がポキと折れたのです。
私はさっさとあてがわれた部屋に戻り、昼食まで声をかけないように言って寝室に引きこもりました。
「私の楽しみだったモフモフパラダイスが!」
腹いせに黒いモフモフに抱きつけば、ケモミミ皇子化するアーク。ケモミミ皇子を背後から抱きついている状況に絶望し、ベッドにダイブしました。
「私はモフモフを堪能できない運命なのかも!何故にアークがケモミミ皇子化するの」
「いや、人が本当の俺だからな。それよりも、きっぱりと断れば良かっただろう。聖女ならそれぐらい許されると思うが?」
ベッドにダイブして、グジグジ言っている私の頭を撫でてくるケモミミ皇子。私は撫でられたいわけではなく、モフモフを撫で撫でしたいのです。
「聖女は誰にでも平等でなければならない。これは天から定められた掟。だからモフモフは贔屓にしていい」
「また支離滅裂になっているぞ。ということは、人の言う事を全て聞くのも駄目だが、否定し続けるのも駄目ということか。なんだ? その決まりは?」
これが聖女の力が神の奇蹟の御業と言われている所以になります。
「歴代の聖女の歴史でもあるのだけど、近年では『聖水の聖女』がその禁忌に触れたの」
別に『聖水の聖女』が死んだとかそういう話ではありません。彼女はまだ生きています。
「聖女は誰かの者でもなく、奇蹟の力は個人で使うものでもない。だから、聖女の行動には制限がされている」
だから何処かに出掛けるのにも許可が必要なのです。本来なら、このような自由行動は飛びつくことなのですが……
「だから、『聖水の聖女』は自由を求めたの。それを裏から手伝ったのはベステイル法国。神の奇蹟の力を手に入れようとしたと言われているけど……」
彼女は奇蹟の力を使うのを拒み続け、ベステイル法国に出国しようとしたのです。
「だけど、彼女は全てを失ったの」
「聖女の力ってことか?」
「違う。人々を癒やし清め幸福に導く奇蹟の聖水は、毒に変わって彼女を苦しませ続けている。目も見えず、食事も取れないのに、彼女は生き続けている」
聖女とは神の御業を地上に伝える代弁者であり、そこに聖女の意思は必要ないのです。
必要なのは神の御業を施行する入れ物です。
「生きる屍と言えるわね。それを見せつけられたら、何も言えなくなる。だから、私にはモフモフが必要なのに!」
「で、結局そこに戻るのか? その話からいくと、お前達の崇める神は神の名を騙った悪魔に聞こえるのだが?」
だから、私は神に祈りは捧げていない。奇蹟の力を使うときは祈るけど、私は聖女になってから神に頭を下げることはしていない。
「神がどういうモノかなんて、知らないわ。モフモフの神じゃないことは確かね……で、何故にケモミミ皇子に抱きかかえられているわけ?」
私はベッドの上に伸びていたはずなのに、ケモミミ皇子に抱えられているのですか!
「時間があるようだからな。いい加減魔力操作を覚えようか」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
*
『いやぁぁぁぁぁぁぁ!』
寝室から響いてくる悲鳴に、護衛の者たちの表情が一段と暗くなる。
「流石にジークフリート様のように強気で言うと、僕の首が飛ぶからね。僕は僕なりに精一杯頑張ったよ」
自分なりには頑張ったというべルルーシュは、長椅子にぞんざいに座りながら言っている。
言葉と態度が一致していない。
「ここにくるのを楽しみにしておりましたからね」
「劇場という場所が好まれないでしょうに、何故そちらを選んだのでしょうか」
「浄華の聖女様は穢れを嫌うからね。人が多い密閉された空間なんて特にだね。何故だろう?」
他の護衛たちの言葉に同意するべルルーシュ。人が多く密閉された空間など劇場そのものだと言っていい。
「たぶん、我々のことを考慮してのこと。ジークフリート様が各方面に使いを出すと言って近衛騎士を割いたのが、ここに響いてきている」
彼らの疑問をブライアンが答えた。
一人の聖女に二十人の護衛は多いようだが、ハッキリ言って少ない。
聖女の周りだけにいればいいということではなく、行き先に護衛を先に出して安全確認を行わなければならず、劇場という一箇所だけなら、少ない人数でも賄えるであろうという考慮がされたと。
「劇場での警備体制を決めることにする。あとべルルーシュ。小さな魔獣をお借りできないか老公に交渉してくれないか」
「りょーかーい! 馬車の中につれていけるモノだね。くくくくっ……あの坊っちゃん。魔獣が嫌いみたいだしね」




