第28話 楽園の崩壊
楽園は地上に存在している。
私より大きなわんこ君。縦縞が素敵な虎ちゃん。つぶらな瞳が素敵なお馬さん。綿あめのような羊くん。周りで元気に駆け回るわんこちゃんたち。
素晴らしいです。
楽園はここにあるのです。
『お前、微妙に距離を取られているよな』
たぶん、それは私の隣に陣取っているアークの所為だと思います。
『絶対に何かヤバいオーラが漏れ出ているだろう』
そんなことはないです。広く木の柵に囲われた場所に集められたモフモフたち。好きなように過ごしている姿を愛でるだけでも、私は満足です。
それに時々わんこちゃんたちが、遊ぼうとやってくるではありませんか。
ボールを投げてくれと。
撫で撫ですることはできませんが、私は楽園にいることで心が満たされるのです。
『確かに、ここで過ごしている動物たちは、お前以外にストレスがなさそうだな。そう言えば、俺にも穢れっていうのがあるんだろう? それはいいのか?』
昨日神父様が、聖女たちが視る世界のことを言ったことがアークには興味が引かれることだったらしく、私のモフモフパラダイスのことについて聞いてきたのです。
「穢れをまとうモフモフたちもいます。ですが、一度浄化すれば終わりなのです。人のように自ら穢れを発生することはないのです。だから好きなのです」と私は答えたのでした。
あ……私の見える世界について聞いてきたのでした。
「アークは私に近くに居すぎる所為なのですが、外に漏れる穢れがその都度浄化されているので、私にはわかりません」
元々の獣化の呪いが、アークの中には存在しているので、それがなくなることはありません。
ですが、力の操作が甘く、常に周りを浄華している私の側にいることで、目視できる穢れはないのです。
私が住んでいる教会の区画が神域のように浄華されているのと同じです。
綺麗すぎて悪意を持つ者が教会に入れなくなったと神父様が言っていました。ですが、私には嘘か本当かはわかりません。
「おはようございます。浄華の聖女様。今日は穏やかな過ごしやすそうな日ですね?」
その時、少し離れたところで、私に声をかけてくる者がいました。
振り返ると木の柵の向こう側に、金髪の青年が立っているではないですか。アスタベーラ老公の孫とかいう人です。
何故にここに来ているのですか! 私の楽園を崩壊させたいのですか!
それよりも私は残念ながら、話さないように神父様から言われてるのです。聖女像を壊すことは、するなと言われているのです。
そう、エリザベートが色々やらかした所為で、私もということは国としては避けたいのです。
私はモフモフが大好きなだけなのに。
側で立っている木偶の坊に近くにくるように、私は手でサインを送ります。
アスタベーラ公爵子息が私の楽園の邪魔をしにくるなど聞いてはいませんよ。
「如何致しましたか?」
「近衛騎士団長。もしかして、観劇に行くと答えたのですか?」
私は嫌だといいましたよ。
「いいえ、聖女様はお屋敷の敷地内で本日は過ごすと申し上げました」
だったら、何故ここに来ているの! それよりも神父様の代わりに、のらりくらりと話す人を連れてこないと。
「だったらいいわ。近衛騎士団長の侍従をここに呼んで、話し相手をさせて……」
「浄華の聖女様のご指名、このべルルーシュが承りました」
いつの間にか木偶の坊の背後から、青い髪の少年が姿を現しました。表向きは近衛騎士団長の侍従をしているべルルーシュ・エルフェールです。
「適当に彼の相手をして、追い返して」
突然現れた青い髪の少年の姿にも動じることなく、頼み事をします。ええ、彼が見た目通りの年齢ではないことを知っていますから。
「浄華の聖女様。観劇に行くというまで、聖女様のパラダイスを侵食し続けると僕は思いますね」
「私は嫌なの。……そうだわ。その話をされたら、アークと一緒じゃないと嫌だと言ってくれる? 流石にモフモフと同席は駄目でしょう」
「かしこまりました。しかし、相手はアスタベーラ公爵家ですからね。もし断り続けると、ここには来られないと言われるかもしれません」
「……それも嫌です」
ふふふふふふふふふふふふふふふふふ……
『笑顔が引きつっているぞ。大丈夫か?』
大丈夫ではありません。
アスタベーラ公爵子息が、私のパラダイスに侵入してくるにあたり、今までいたモフモフたちが、元いたところに帰されてしまったのです。
自由に過ごしているモフモフも見られないという状況。
そしてべルルーシュが相手をしてくれていますが、話が噛み合っていません。
「浄華の聖女様。観劇がお好みではないのでしたら、アトレア湖の散策など如何でしょう?」
「アスタベーラ公爵子息殿。確か貴方にはツヴェリース伯爵令嬢という婚約者がいらっしゃったはずですよね?」
「今の時期だと、とても美しい花が咲いているのです。一緒に見に行きませんか?」
「婚約破棄を突きつけたそうですが、ツヴェリース伯爵家は冤罪だと言っているそうではないですか」
「それとも馬車で町の中を案内いたしましょうか? 気になるところがありましたら、立ち寄ることもできますよ」
「その辺りのことが有耶無耶のまま、浄華の聖女様にお近づきになろうとは、都合が良すぎるというものです」
「もちろん、魔獣も入店可能ですよ。お祖母様が魔獣を連れていることを民は受け入れていましたからね」
もう、室内のモフモフたちに満たされたいです。




