第22話 モフモフパラダイスへの扉は開け放たれた
今日は待ちに待ったモフモフパラダイス!
モフモフたちが私を待っているのです。
「そのニヤけた顔をどうにかしなさい」
下賤なモノを見るような目で、神父様が言ってきました。
わかっています。聖女像をぶち壊すような姿を見せてはいけないと。しかし移動中の馬車の中ぐらい、いいではないですか。
途中王都に寄って下水の浄化をした私は、癒やしであるモフモフパラダイスに行くのですから。
『なぁ、その力の波はなんなのだ? 今日なんて浮遊物まで無くなって、どこかの湧水みたいになっていたぞ』
なんですか? アーク。
今日はモフモフなのですから、私に撫で撫でされておけばいいのです。
「力の増減はモフモフパワーです」
『意味不明だが、お前が言うと何故か説得力がある答えだな』
そうなのです。モフモフは私の力なのです。
「独り言が出ていますよ。それから、アークジオラルド皇子」
神父様に独り言だと注意されてしまいました。
アークも神父様に念話を使えばいいのです。そうすれば、私が独り言を言っている変な人扱いされなくて済むのに!
「昨日の人に戻った条件が変わった件ですが、おそらく常にオリヴィアの側にいるのと、離宮での全体浄化の影響を受けたためでしょうね」
『……』
「ええ、対象は彷徨える過去の亡霊でしたが、聖女の力とは神の御業ですからね。アークジオラルド皇子の呪いにも少なからず影響を与えたのでしょう」
『……』
「他の影響ですか? 腰痛持ちの管理人が杖をつかずに歩いていましたね。それぐらいでしょうか?」
……神父様が独り言を言っている! 確かにこれは、ヤバい人扱いされてしまう。
気をつけないといけません。
そしてアークは普通に神父様と話していました。
しかし、この状況。中身がケモミミ皇子だったとしても、モフモフ撫で撫で仕放題の旅は最高です。
『ということは、オリヴィアの浄化に付き合っていれば、そのうち元に戻れるということだな』
「だから、それは無いです」
ある程度は呪いを軽減できるでしょうが、第三者の力が加わったものを浄華するのは難しいのです。
本人が目の前にいるのであれば、本人の皇子へのわだかまりを浄化することで、呪いの解除に導くことは可能です。
しかし、呪いとは人の心という形がないものですので、それも簡単にはいかないでしょう。
『だったら、オリヴィアが俺のことを好きになればいいのだろう』
「私はモフモフ愛しかありません」
私がきっぱりと言いきったところで、馬車がガタンと揺れて止まりました。どうやら到着したようです。
私のモフモフパラダイスに!
朝から馬車に揺られて早夕刻。
きゃわいいモフモフたちが私を待っているのです。
「オリヴィア。顔をニヤニヤさせない。背筋を伸ばす。口を開かない。わかりましたか?」
「ふふふふ、任せてください。神父様。モフモフのためなら、聖女を頑張れます」
「一日の滞在許可をもらっていますので、出立は明後日の朝です。これで聖華会も頑張れますね」
「勿論です! 三日でも一週間でも浄華を頑張れます」
十回の内一回だけ優しい神父様が、ここで現れるのです。
一日もモフモフパラダイスにいられるなんて、幸せすぎます。
「こういう優しい神父様は大好きです! もっと私にモフモフをください」
「調子に乗るから駄目ですよ」
『お前、いいように誘導されているって気づいた方が良いぞ。今言っても無駄かもしれないが』
アークがもそもそ言っていますが、モフモフパラダイスを目の前にした私には、どうでもいいことです。
馬車の扉が開けられ、先に神父様が降りて行きます。その間に私は深呼吸を繰り返し脳内をモフモフだらけに……聖女の笑顔を浮かべます。
「オリヴィア。アスタベーラ老公がわざわざオリヴィアを出迎えてくれています。粗相のないようにしなさい」
再度念押しのように神父様から言われてしまいました。
大丈夫です。オリヴィアは浄華の聖女です。
モフモフパラダイスのためなら頑張れます。
私は無言のまま立ち上がり、近衛騎士団長の手をとって馬車から降り立ちます。
そして大きな玄関扉の前に立っている白髪の品の良さそうな老人に向かって深々と頭を下げました。
普通はご隠居されたとは言え、アスタベーラ老公がわざわざ客を出迎えることなんてされません。
客を応接室に通して、客を待たせてから堂々と出迎えてもいい立場です。
それなのに、毎回私のような小娘を玄関の外まで出迎えてくれるのです。
「よく来てくださった。浄華の聖女様。さぁさぁ、妻の元に案内をしましょう」
そして自ら奥方がいるところに案内するのです。普通なら使用人に任せればいいことだと思います。
しかし、このようなところがアスタベーラ老公がご隠居されても、人望があることに繋がるのでしょう。国ごとにも口を出せる立場だとお聞きします。
神父様は食えない老人だと言っていましたが。
そして、モフモフパラダイスへと続く玄関の扉が開け放たれたのでした。
「オリヴィア。いい加減に頭を上げて歩きなさい」
神父様。もう少しこの高揚した感情を抑え込む時間をください。ニヤニヤが……。




