第20話 幽霊の浄化
テルアス商会のオーナーに五体投地されるほど謝罪され、私は再び馬車に揺られています。
上機嫌の神父様の向かい側に座ってです。
これ絶対に多額の寄付金をもらいましたわね。
しかし、夜中に叩き起こされたので、馬車の振動が心地よく……睡魔が……。
「オリヴィア。三日後にアスタベーラ公爵領に入りますが」
神父様の言葉に、目がぱちりと開きました。
「モフモフパラダイス!」
「そういう残念なところを、表では出さないようにしなさい」
残念ってなんですか!残念なのは着ぐるみを着れば私が使用する寝室に入っていいと思っているブライアンです。
「それから、そちらの魔獣がアークジオラルド皇子ということを黙っていた罰です。今晩泊まるラバリエーダのラバリ離宮の幽霊を浄化しなさい」
「ぐふっ……」
「返事は?」
「はい……わかりました……くっ、アークの第三の意見を出してくれるという嘘を信じなければよかった」
それならば、アークがケモミミ皇子だとバレなかったのに。そうすれば、面倒な幽霊を探すだなんて非効率なことをしなくて良かったのに。
『何を言っている。ガレーネ帝国の名を持つ俺が、婚約者だというのは駄目だと言ったのは、そこの神父の方だ。そいつが、頷いていれば、お前の好きなモフモフの婚約者に収まったんだぞ』
「はっ! モフモフが婚約者……モフモフが……中身が俺様皇子なので騙されませんよ」
『と言いながら背中を撫でているが? 説得力がないな』
「モフモフに抗うことは無意味です」
『そういう意味不明なことを言うところが馬鹿なんだと言っている』
モフモフは正義です。すさんだ私の心を癒やしてくれるのはモフモフだけなのです。
それに他の動物は逃げていくのに、アークは撫でさせてくれるじゃないですか! 嫌なら嫌と言えばいいのです。
嫌と言われると、ショックで寝込むと思いますけど。近くにモフモフがいるのに触れないという地獄。
「バレたとわかると、今日は独り言が多くなりましたね。知らない者が見ると、聖女像をぶち壊すことになるので、外ではいつも通りでいてくださいよ」
「勿論です。何も話さないです」
「本当にオリヴィアまでおかしな聖女のレッテルを貼られるのは、国としては困りますからね」
それはエリザベートに言ってください。先に聖女像を壊したのはエリザベートの方なのですから。
そうして、その日は神父様に馬車の中でグチグチと言われて、時間が過ぎていったのでした。
広いホールの中に立っている私。辺りは暗く明かりは私が持っている魔導灯のみ。
ラバリエーダにある王族が所有しているラバリ離宮で宿泊と言いながら、神父様に幽霊退治を命令されてしまったのです。
そして私はどこにいるかもわからない幽霊探しをする羽目に……
「幽霊の浄化な」
そしてアークはケモミミ皇子として私の隣に立っています。いつもは軍服のような皇子の服装ですが、頭には中折帽子を被り、シャツにベストをはおり、トラウザーズを履いた姿なのです。
流石にあの軍服だと帝国の者とわかってしまうということで、神父様からこれを着るように言われたものでした。
ということは、今の私の周りには近衛騎士はいません。代わりにアークが私の護衛につくことになりました。
何故なら、このような浄華は周りに被害を与える場合が多く、近衛騎士は建物の周りの警備をする決まりになっているのです。
ええ、護衛についた者も浄華の影響を受けるときがあるからです。
要はケモミミ皇子がどうなろうと構わないということなのでした。
一応、その辺りのことはアークには事前に説明して護衛についてもらっています。
「はぁ……アークの利点のケモミミが隠されてしまった」
「おい。そこは利点でもなんでもないだろう。で、どこから回るんだ?」
広いホールに最初に来た理由は、ここでの目撃情報が一番多かったからです。しかし、ここにはいないようですわね。
「幽霊はいなかった。部屋に戻って寝る」
「おい。あの神父は浄化が終わるまで滞在すると言っていただろう。オリヴィアが楽しみにしている公爵家の依頼を後回しにすると言っていたじゃないか」
そうなのです。あのハラグロ神父。ここを一日で終わらせなければ、私の癒やしのモフモフパラダイスを聖華会の後にすると言ってきたのです。
酷いです。
「ふふふ……そんなこと認められるわけないわよね? 私からモフモフパラダイスを奪うだなんて……」
「おい、足元が光っているが?」
私の足元には白い光が円状に光っています。それが徐々に大きくなっていっています。
「一瞬で終わらせます! 絶対にモフモフパラダイスに行くのです」
ここは幽霊の目撃情報が多いのですが、この離宮の中心でもあるのです。ですからここを中心にして始めるのです。
「昏天の黒地に彷徨えし幽鬼に変化した者よ。夜の底に広がる払暁の白き光に導かれ、世界に還り給え《ラディースレイ》!」
全てが白銀の色の染まっていったのでした。
そして建物の地下から聞こえる地獄の亡者のような断末魔。
土地に執着するモノは、私の浄華から逃れられることはできない。そう、私のモフモフパラダイスを邪魔するモノには容赦などしない。
「聖女の力が、本人のやる気次第で変わるのは本当のようだな」
私の浄華を近くで見たアークの感想がこれでした。それは私がいつも本気ではないと言われているようで嫌なのだけど?
そもそも汚水の浄化しか私の力を見ていないのに、何故にそのような感想になるのか不思議なのでした。




