第1話 元婚約者を連れた祝福の聖女
私は黒い猫種の魔獣を購入したはずです。
あの高飛車なエリザベートに白馬種の一角獣を自慢され、次会うときに魔獣を連れてこいと言われ、私が面倒をみるという条件で少し大きめの黒豹を買ったはずですのに!
しかし私の目の前には、不機嫌そうな黒髪の青年がいるのです。
何故に隣国の皇子っぽい人になっているのですかぁぁぁぁぁ!
事の始まりは、ハイラヴァート公爵令嬢主催でのお茶会でした。
春の暖かい日差しの中、花々が咲き誇る庭園にセッティングされたお茶席。
十人の貴族の令嬢たちが招待され、主催者であるハイラヴァート公爵令嬢の登場を待っていました……いいえ、すでに一時間も待たされていたのです。
「今日は皆様に見せたいものがあって、お呼びしましたのよ」
グルングルンに巻いた金髪の髪をこれ見よがしに後ろに払い、赤い宝石を散りばめた扇を広げ自慢気に言うハイラヴァート公爵令嬢。多くの使用人たちを引き連れて、やっとのご登場です。
私になにかと突っかかってくるエリザベートです。とても強欲なエリザベートです。
「先日、珍しい一角獣を手に入れましたのよ!」
招待した令嬢方に挨拶もせずに、使用人が連れてきた白い馬を紹介したのです。現れた美しい馬型の魔獣に、周りの令嬢方からどよめきが起こりました。
確かに美しい白馬です。額に生えた角が鋭くてちょっと怖い気もしますが。
そしてエリザベートは私の方に勝ち誇ったかのような視線を向けてきました。イラッとしますわ。
「そして私の新しい婚約者のロベルト様ですの!」
金髪碧眼の青年を婚約者だと紹介した瞬間、令嬢たちの視線が私に突き刺さって来ました。
ええ、そのロベルト・ファルレアド公爵子息は私の婚約者でしたわよ! そして始まるヒソヒソ話。
一月ほど前、有無を言わせず婚約破棄をつきつけられたのです。
相手は王家に連なる公爵家。片や私は伯爵令嬢。
身分の差というものの所為で、質問も許されずに婚約破棄されたのです。そして、先日まるで私の行き先にわざわざ現れたエリザベートとファルレアド公爵子息。
どれほど罵りたい言葉を呑み込んだと思っているのでしょう。
そして、今日も同じ状況が繰り広げられています。
二人の婚約に対して、祝の言葉を捧げる令嬢たち。私を見てヒソヒソ話をしている令嬢たち。
針の筵とは、このことを言うのですわ。
「婚約破棄されて、お可哀想なオリヴィア様」
エリザベートの言葉に下唇を噛み締めます。そうしないと伯爵令嬢でしかない私が公爵令嬢を罵ってしまいそうですもの。
仕組んだ貴女に言われたくないわ! と。
そう全てはエリザベートの仕業なのです。
「まぁ! オリヴィア様が恐ろしい目をして睨んできましたわ!」
「オリヴィア。自分の立場をわきまえて欲しいものですね」
わざとらしく、ファルレアド公爵子息の後ろに隠れ怯えるエリザベート。そして勇者気取りのファルレアド公爵子息。
私はイライラの限界に達してしまいました。
私はスッと席を立ちます。
すると勇者気取りのファルレアド公爵子息が怖気付いたように怯みました。
「ファルレアド公爵子息様。もう婚約者ではありませんので、リオネーゼ伯爵令嬢とお呼びくださいませ。それから、エリザベート様?」
「なにかしら? オリヴィア様?」
「一時間も待たされて喉が渇きましたわ。いつまで招待したご令嬢方を、太陽の日差しの中で待たせるのかしら?」
……はっ! またやってしまいました。
赤い宝石を散りばめた扇を握りしめてプルプル震えだすエリザベート。
言わないように抑えていましたのに、また我慢ができませんでしたわ。
「伯爵令嬢如きが、わたくしのやり方に文句がおありですの!」
「文句ではありませんわ。魔獣を自慢するだけでしたら、別に屋外でなくてもよろしかったのではと思っただけですわ」
「まぁ! まぁ! それを文句と言わずに、何を文句と言うのでしょう?」
別に文句ではないと言っているではないですか。ただ、待たせ過ぎだと言っただけです。
すでにお二人ほど、気分が悪いと帰られてしまいましたし、せめて屋内から庭にいる魔獣を見せれば良かったのでは?
「せめて日差しを遮るものを用意してくだされば、良かったの……」
うっ! これは怒り爆発五秒前ですわ。作るのにどれほどお金がかかったかわからない扇をバキッと真っ二つに折りながら、私の方にエリザベートが近づいてきました。
「たかが伯爵令嬢がわたくしと同じ『聖女』に選ばれるからつけあがるのですわ!」
パンッと叩かれる頬。よろける私はガーデンテーブルに寄りかかり、綺麗に整えられたテーブルの一つを倒しながら地面に倒れ込みます。
周りから上がる悲鳴。
今まででしたら、エリザベートを止めていたファルレアド公爵子息は傍観者に徹するのか、その場から動きません。
きっと私をかばうファルレアド公爵子息が、煩わしかったのでしょう。エリザベートと対等に話ができる人は少ないですから。
そして、どのような条件を出したのかはしりませんが、ファルレアド公爵子息を自分の婚約者にして隣に立たせ、私の味方を減らしたのです。
本当に腹が立つ。
私は土埃を払いながら立ち上がります。
そして、堂々とエリザベートの前に立ちました。
「『聖女』は神から与えられた役目でしかありません。それに私とエリザベート様の役目は違うではないですか」
私はにこりと笑みを浮かべて言うも、逆の頬を叩かれました。今度は倒れませんでしたわよ。
「貴女の方が私より上だと、おっしゃりたいのかしら?」
「いいえ、滅相もありません。ただ、『聖女』はお役目であって、上も下もないでしょう」
するとエリザベートは、ニヤリという笑みを浮かべました。いつもなら更に突っかかってきますのに、気味が悪いですわ。
「それは貴女がわたしくと同じとおっしゃりたいのかしら? なんて図々しい。でもそこまでおっしゃるのであれば、聖女にふさわしい一角獣と同等の魔獣を用意できるのですわね?」
「は?」
え? 意味がわかりませんわ。何故、聖女に魔獣が必要なのかしら?
「一ヶ月後にある聖華会が楽しみですわ」
「何をおっしゃっているの……」
「次の聖華会で絶対に勝ちますわ! いいわね! 聖女としてどちらがふさわしいか勝負ですわ! これは皆に言っておきますから」
そう言ってエリザベートはこの場を去っていきました。
もちろんお茶会は無くなり、私は令嬢たちから白い目を向けられながら家に帰ったのでした。