エピローグ
とある深夜アニメを見て、心に初めてのモヤモヤを抱かせる一幕があった。
そのテーマは1人の男の子が両親からお菓子を貰い、それを盗み食いする魔女を退治するという物語。
『味方の狼と熊は倒したよ、おばちゃん』
『なんて威力じゃ……このガキに何故これほどの力が……』
男の子は怒りで極めた石投げで魔女の下僕を次々に倒し、残すはあと1人としていた。
『おのれぇ!こうなったら儂の魂を贄にキマイラを呼ぶ!さぁ……目覚めよ!』
地響きが秒数を刻むと共に辺り一帯は割れていき、紫に眩く光る円環が地表に浮かび上がった。
頭にモップを重ねたような毛量の鬣、光芒を転がし滑らかに尖る鉤爪、学校でもお馴染み石鹸液体容器に身を投じたかの如く毒々しい色の蜷局。
ソレと目が合った瞬間、生気を吸われた気がした。
『いつ見ても禍々しい形貌じゃ、さあ! その鉤爪でクソガキをぐるぐるミンチにしてやれぇ!』
この異形の怪物を呼び出したせいか、おばさんの人肉は削げ落ち、シワシワになって倒れた。
代償は寿命といったところか。
『やあやあバケモノ。なあ、お前というか、お前みたいな奴らって精神構造どうなってんの? 頭ん中で会議テーブル囲ってお喋りしてる感じ? いやあ、きっと色んな性が衝突し合ってうるさいんだろうな。僕だったらそんなの耐えられないよ、そこんとこどうなの?』
手でピストルのポーズを作り、頭に斜めに突きつけ、眉を歪な御椀型に曲げ、挑発してみる。
が。
『…………………………………………………………………………』
先程と代わり映えなく、密かに体の上下を揺らすだけで何の反応もない。
様子をみてなんとなく察しはついていたが、それでもしかとされたみたいでムッときた男の子は果敢に続けた。
三十分後、とうとう口を開くのに飽きた。
(召喚された辺りまで緊迫してたのに、いざ向き合ってみればなんだ? この体たらく──)
互いの立ち位置も状況もそのまんま。
変化を強いて挙げるなら男の子の瞼が狭まってることくらいだ。
『まるでヒーローの人形ごっこみたいだな、指示出す奴がいないと何も動かない。ただの操り人形、心はもうそこには……』
何故かアンニュイな面持ちになっていると突然、空が赫々しくなり、小さな石? 巨岩!?!?! とんでもないモノが地上へ降りかかろうとしていた。
おばちゃんのお菓子への執念か怨念か、微々たる緊張感が絶望へと変わった。
『ウソ……』
視界を覆う影が広まる頃には死を覚悟した。
すると、ずっと大人しかったバケモノが後ろ脚のバネを推進力にし、急激に近づいてくる。
鋭利な牙を向け、大きな口を開けた。
『詰んだ……』
自分を脅かす全てから逃れたくて目をギュッと瞑った。
肌を生暖かい空気が包み込んだ刹那──
撃たれた。
何もかもが。
そう感覚を間違えそうになった。
鼓膜を殴りつける爆音に、伝播する衝撃波。
対象範囲は体一つでは到底足りない、惑星規模で風穴が空いていそうだ。
恐る恐る瞼を開けると、闇が広がっていた。
地獄に落ちたのか? と不安になったがすぐ目の前に僅かな光が漏れ出ていて、隙間に指を入れてみた。
『押したら開くかな?』
触れるとヌルヌルしてて、生臭かったが、押す力を強めてみる。
すると塞がれていたモノが動き出し、視界に眩い明かりが飛び込んだ。
徐々にに明るさに目が慣れてくると、眼前に広がる景色に思わず思考停止した。
『どうなってんだよこれ……』
平らだった地面が蟻地獄の巣みたく傾斜を築いている。
隕石が落ちた状況から考えれば至極当たり前の結果かも、しれない?
(いや、当たり前なんかじゃない。普通跡形もなく消し飛んでるだろ…………僕はおろかこの星だって…………っ!)
この惑星が実存し続けている奇跡の要因を直感で理解し、後ろに素早く振り返る。
そこにはモップを重ねたような鬣、つまりキマイラが伏せの体勢をとるつもりでいたようだ。
なぜ、憶測めいた言い回しなったのかといえばもうその部位しか視界にいれることが叶わなかったからだ。
完全に胴体が消し飛んでいる。
『助けられたのか?』
おばちゃんの支配が不完全だったのか、噛みちぎる前に絶命したのか、あとは…………。
一瞬、胸に鈍い重みを感じた。
いやいや、バケモノに限ってあり得ないだろ、目も死んでたし、あるわけ…………。
自分を閉じ込めていた口腔から目線を引いて、顔全体を眺める。
上瞼を逆くの字に瞑り、今にも寝息が聞こえてきそうな安らかな顔だ。
頼りない脈打ちが胸中にまた響く。
『長年一緒に生活してきたペットとのお別れじゃあるまいし…………』
声音に説得力はなかった。
言葉とは裏腹に信じたくなって、心で呟いた。
(助けてくれてありがとう。バケモノなんて言ってごめん)
男の子は背筋をピンと伸ばし、黙祷を捧げた。
アニメ視聴後、腰掛けてたソファを臀部で弾くと、幼弱ながら俺は鼻で笑った。
「あんな死んでそうな怪物に、守りたい気持ちなんてあるわけないじゃん」