#6「打算の別名」
「なんだと……」
仮面の女司祭の言葉にエグラントは絶句した。オリアネッタの肩に添えた手が、怒りのあまり震え出す。彼は司祭にその発言の根拠を問いただそうとはしなかった。エグラントには心当たりがあった。シルヴェリカが臣民だけでなく、護衛騎士すら欺いていた根拠。そもそもの話、用が済めば勇者すら亡き者にするような女が、護衛騎士を特別扱いするはずなどなかったのだ。
「クソッ! あの若作りババアが!」
エグラントは毒づいた。自制心は働かなかった。或いは緊張の糸がついに磨耗して途切れたのか。修道院長としての体面も、ハロウ・マルモンへの警戒も、シルヴェリカに対する怒りの前では些細なことに過ぎなかった。背後で修道士が忍び笑いを漏らした。笑ってはいけない、そんな空気が《聖者の間》に満ちるのを感じ取り、エグラントは慌てて咳払いをした。
ハロウが芝居がかった仕草で慇懃無礼に嘲笑する。
「これはありがたい。こうもあっさりと我が弟子の言葉を信じていただけるとは」
「《永遠なる導師》殿。私は魔王オルディミールに会ったことがあるのです」
「ほう。オルディミールと戦って生きて帰ったか」
「いいえ。剣を交えたわけではございません。シルヴェリカ王女殿下の護衛を務めておりましたので、和平交渉の際に同行いたしました。今思えばあれはとんだ茶番だったようですがね」
エグラントは当時を思い出し、聖職者にあるまじき下品な罵倒を寸でのところで飲み込んだ。
言われてみれば、おかしなことだらけだった。オリアネッタにシルヴェリカの面影はあるが、ベリアスには全く似ていない。オリアネッタもベリアスも黒髪だが、オリアネッタは癖毛でベリアスは直毛、髪の質が全く違う。肌の色に関しても同様だ。しかし魔王オルディミールはどうだろう。ウェーブのかかった黒髪も、透けるような白い肌も、血のような赤い目も、尖った耳も妖艶な美貌も。オリアネッタはオルディミールによく似ている。親子だと言われれば、納得するしかなかった。
クソッ。知っていれば、こんな人生は選ばなかった。
腹立たしくて仕方がない。エグラントは歯噛みして、オリアネッタの肩に爪を立てる。
エグラントが出家したのは、ベリアスの娘に対する執着心ゆえだった。ベリアスの血が流れていないのなら、オリアネッタなどただの、清楚で美しく妖艶な、単なる少女に過ぎない。王位継承権のない彼女を手に入れたところでエグラントの乾きを満たすものは何一つとして得られないだろう。無論、世間から隠遁したいという理由もあった。ベリアスに異様な執着を示す『若作りババア』の存在を知っていたからだ。ベリアスの死後、彼女が即座に魔王軍残党の掃討に動くさまを見て、エグラントは身の危険を感じた。彼女が真相に気づけば、確実に殺される。彼女の強さと異常性は知っている。勇者養成機関にいた頃、模擬戦で半殺しにされたのだ。教官が止めに入らなければ、彼女はエグラントが死ぬまでやめなかっただろう。「そんな腕でよく勇者になろうと思えたわね」──彼女、エルフの血を引くアルビノの少女アーデルハイドは棒のように細い足で瀕死のエグラントを踏みつけ、冷ややかに吐き捨てた。そんな残虐性を有しながら、彼女はベリアスが帰った後に彼の使っていた模造剣を愛しげに抱きしめていた。ベリアスを妬み、憎んでいるエグラントだからこそ、アーデルハイドの執着心のおぞましさの程が分かる。あんな女と関わったら終わりだ。待っているのは破滅だけ。しかし彼女から身を隠すことだけが目的なら、聖ルヴァニア修道院である必要などなかった。ここまで多くのものを捨てる必要などなかったのだ。
エグラントの内心を見透かすように、ハロウが声を潜めて囁く。
「あの女狐めの嘘に気づいているのは我らのみ……」
「あぁ、そう、そうでしたな。《永遠なる導師》殿に立ち話をさせるわけにはまいりません、奥に移りましょう。……オリアネッタ、一緒に来なさい」
まるで自分の所有物を持っていくように無遠慮に、エグラントはオリアネッタの肩を掴んだまま歩き出した。オリアネッタの返事など考慮する気もないことがその態度から見て取れた。《聖者の間》の中央の聖遺物台に杖を戻し、エグラントはこの場に居合わせた修道者たちを見回した。
「オリアネッタの血筋については後ほど改めて報告する。我々も調和と協調をもって《ラザリスの門》や魔王の娘に接していかねばなるまい。皆も心してくれたまえ」